毎日20万人が読んでいるビジネスコラム 平成進化論

日本最大級・毎日20万人が読んでいるビジネスメルマガ
「平成進化論」のバックナンバーをご紹介しています。

メールマガジン「見本」はこちら

6441号 教えてくれる人だって「にんげんだもの(みつを)」


■先日よりご案内している

 【三年師匠音源】

 の音源をお聴きになられた、


 年間プログラム音源版に
 参加下さっている中安さんより、

 音源の感想を頂戴しておりましたので
 以下にご紹介いたします。


 (ここから)
 ------------------------


 今回もまた、大きな気づきと、

 これまでの自分のあり方に対して
 大きな反省をさせられる、

 そんな音源でした。


 まず反省の方ですが、

 目上の方から
 可愛がられるというところ、

 それにつながる物事の捉え方
 (否定+肯定 or 否定+否定でした)や、


 声を掛ける心理的ハードルについては、

 他者からどう見えるかを
 理解していながらそれでよい、

 と思っていた100%の勘違いに、

 ひとつひとつの事例を聞きながら
 心の中で深いため息をつきました。


 他者から可愛がられる重要性を
 理解していなかった点において

 過去の自分をほぼ全否定しているところに
 今回の音源でお墨付きを頂き(笑)

 遅ればせながらではありますが、

 改善していくしかないと
 決意を新たにさせて頂きました。

 ありがとうございます。


 そして、気付きの方ですが、

 今回の音源で、
 システムについての概念と

 その巨大な拡がりのイメージが
 一歩見えてきたような気がしました。


 これまでの音源でも
 システムについて多く語られており、

 自分も若干のイメージは
 持っていましたが、


 難関試験の勉強の例えを使った、

 まず先に全体を理解することで
 個々のモジュールの理解が深まる、

 という説明からつながった
 コミュニケーションや時間管理など、


 ひとつのシステムの中にあるモジュールは
 結局同じことだというお話は、

 システムを構成する
 モジュールひとつひとつが、

 相互に矛盾なく、
 全体として一貫性のあるもの、

 というイメージをより明確に
 してくれました。


 また、
 システム同士のつながりについても

 「学ぶ」ことの中に
 「可愛がられる」ことが含まれていて、

 「可愛がられる」の中には
 「コミュニケーション」が含まれていて、

 それぞれがひとつの
 大きなシステムであると
 捉えられるものも

 また何か他のシステムの
 モジュールでもある

 というイメージが見えました。


 また、鮒谷さんは「サブシステム」
 という言葉も多く使われますが、

 ひとつひとつのシステムが
 他のシステムとの関わりにおいて

 どちらがメインで、
 どちらがサブ、ということが

 鮒谷さんの中では
 明確にあるからこそ

 「システム」
 「サブシステム」

 という言葉となっているのだろうと
 想像し、

 システムが複雑に絡み合いながら
 途方もなく拡がっていることを
 感じました。


 一瞬ひるんでしまいそうに
 なりましたが、

 自分がシステムを作っていこうと
 するときに

 より大きな枠組みのイメージを
 持てたことは、

 さらに一歩上の視点から俯瞰して
 モジュールとシステムの関係を
 見ることができそうな気がしました。


 今回も大きな反省と気付きを
 ありがとうございました。


 (中安さつき さま)


 ------------------------
 (ここまで)


 中安さん、
 ご感想ありがとうございました!



■当音源についての、

 いくつかの内容について
 言及くださっていますが、

 今日は、その中の

 「目上の方から可愛がられる」

 という話について。



■本や動画からの学びであれば

 「可愛がられる」

 という要素を
 考慮する必要はありませんが、


 「この人から教わりたい!」

 と思った方からの学びにおいては
 誤解を恐れずに言うならば

 「可愛がってもらえなければ
  なにも始まらない」

 ということがありますね。



■可愛い奴、うい奴、

 と思ってもらえればこそ、
 気にかけてももらえるわけで、


 気に留めてもらい、さらには
 好感を持ってもらないことには、

 何かを教えてもらうことなど
 できるはずがありません。



■つまり

 「可愛がられていない人は
  教われない」

 のです。


 教えてくれる人だって

 「にんげんだもの(みつを)」

 ということです。



■笑顔もなければ、
 お愛想の一つも言えないし、

 積極的に働きかけてくることもなければ、
 役に立とうといった意思も感じられない、

 とするならば、

 教えようという思いが生まれることも
 ありません。



■自分が教える側でも
 可愛げのある人のほうが

 「えこひいき(目をかける、とも)」

 したくなりますよね。

 いや、してしまう、というべきか。



■自覚的に行うこともあれば、
 無自覚に行ってしまうこともあるでしょう。

 それがいいのか悪いのかは
 分かりません。


 でも、えこひいきは
 普通に起こりうるよね。

 それが人情だよね、


 教えてくれる人だって

 「にんげんだもの(みつを)」

 とお伝えしたいのです。



■私(鮒谷)は、昔からずっと

 「こんな自分をなんとかしたい」

 と思って生きてきたし、


 そんな自分をなんとかできるかもしれない
 機会(師匠との出会い)の際には、

 これまた誤解を恐れずに言うならば

 「えこひいき」

 してもらうために
 全力を尽くしましたよ。



■当然じゃないですか。

 そういう人はみな、忙しいんです。
 いろんな人から求められているんです。


 普通だったら、

 何の能力も経験も技術も金もない
 私(鮒谷)なんか、

 相手にして下さるはずがありません。



■そんな私(鮒谷)が
 相手にしてもらおうと思ったら

 「えこひいきしてもらうために
  全力を傾注する」

 しかありません。



■だから、なにかの機会に
 お誘いいただいたら、全力で

 「ハイか、イエスか、喜んで」

 だし、

 そのために手帳は一週間ないし
 10日後よりも先は、

 可能な限り、真っ白にしていました。


 ※先約があったら、
  誘われたとき即座に

  「ハイか、イエスか、喜んで」

  といえませんからね。



■(ときに無茶振りの)
 頼まれごとを受けても全力で

 「ハイか、イエスか、喜んで」

 だし、


 いつも笑顔、
 いつも全力、

 呼ばれたら
 どこへでもすっ飛んでいく、

 遠方だろうが、海外だろうが、
 声をかけられたらその場でハイ!

 いつでもどこでも、
 期待値超えを目指す、


 といったことを
 常に自らに課していました。



■長年、そんなことをしていれば
 さすがにだんだん

 「えこひいき」

 してもらえるようになりますよね。


 そしてそれが喜びとなり、
 さらに全力で

 「ハイか、イエスか、喜んで」

 を連呼し続ける。



■これによって、

 公式の場でも、非公式の場でも
 ご一緒できる機会が増え、

 いろんなことを言語的に、

 あるいは非言語の暗黙の形で
 ご教示いただけるようになり、


 どんどん

 「人生やビジネスやセールスの勘所」

 を掴めるようになっていきました。



■それらは今となっては、

 己の身体と一体化された、
 素晴らしい財産となりましたが、


 この財産はすべて

 「ハイか、イエスか、喜んでの連呼」

 によって、もたらされたもの。



■役に立とうとするのは大変そうとか、
 時間や金や精神の無駄遣いとか、

 先になにかを与えてくれたら、
 こちらも頑張りますとか。

 自分はもっと自由でいたいとか、

 いろんなことを考えるのは
 各人の勝手だし、それこそ自由です。



■ただし、何も持たないものが、

 経験と実績に裏打ちされた
 価値ある学びを教わろうと思ったら、

 これ以外の道のりは
 他になにかあるんですかね、

 と私などは思います。



■先に何かしてくれたらと
 思う人は多いけれども、

 先に何かして差し上げようと思う人は
 少ないから、

 そうした態度、姿勢を確立している人には、
 チャンスが山のようになってくるでしょう。


 チャンスが訪れない人は
 周囲が悪いのではなく、

 能力の問題ですらなく、
 態度、姿勢の問題です。

 以上、余談。



■閑話休題。


 たしかにそんな姿勢でいると、
 だんだん

 「こいつは、頼んだことは全部やるし、
  それが当然」

 ということになってきたのか、

 理不尽な叱責とか受けたり、
 睡眠時間を削って、出された宿題やったり、

 ということになったりしましたが(笑)


 それも含めて、
 今となっては良い思い出ですし、

 またそのハードルをクリアしたからこそ
 しつこいですが

 「えこひいき
 ※目をかけていただく、とも」

 をして頂けたわけです。



■そんな経験もあって、

 徒手空拳の人間が、前倒しで
 深い知恵や学びを獲得するためには

 「ハイか、イエスか、喜んでの連呼」

 しかないっしょ、

 と思っているのです。



■ついでにいえば

 それに対する報酬?的なものについては
 下さると言われても、

 一切、お断りしておりました。


 なぜなら、そうしたほうが

 「えこひいき」

 してもらえると思ったから。

 損して得取れですよ。



■わずかなカネと引き換えに

 「えこひいきの権利?」

 を失うなんて、
 私(鮒谷)に言わせれば愚の骨頂。



■また、心の底から

 「ご一緒させてもらえるだけで嬉しいし、
  ありがたいし、感謝しかないから、

  そんなものは
  頂戴するわけにはいかない」

 とも思っておりましたから。

 (音源では、その具体的な話(例)などに
  ついてもしています)



■あとは、

 こうしたフットワークの軽さに加えて、

 「とりあえず、
  いつもニコニコしている」

 「(ハイか、イエスか、喜んで、とともに)
  ありがとうございます!も合わせて連呼」

 あたりをやっておけば、

 まず間違いなく、目をかけ、
 心をかけてもらえるに違いありません。



■もちろん、いうまでもありませんが、

 「自分がリスペクトできて、
  この人から学びたい!」

 と心の底から思える人に
 対してだけでいいですよ。


 出会う人みんなに

 「ハイか、イエスか、喜んでの連呼」

 なんかしていたら早晩、
 肉体も人生も破綻をきたしますから。



■なので、

 深い喜びを感じられる学びにおいては

 「(ハイか、イエスか、喜んで、とともに)
  ありがとうございます!もついでに連呼」

 できる人を見つけることが
 まず大事であり、


 次に、その周りにいる他の誰よりも

 「えこひいき
 ※目をかけてもらう、とも」

 していただくことに全力を尽くす、

 ことを意識したいところですね。



■最後にもう一点だけ、
 留意事項を挙げるとするならば、


 こうした精神と態度を瞬間風速で
 行うことは難しくないのですが、

 これを持続するのが難しいからこそ、


 長年(少なくとも数年以上)
 持続していると、

 信頼されるようになり、全てを
 開示してもらえるようになるでしょう。



■以上は
 あくまで学びの一形態に過ぎず、

 他にも有効な学び方は
 たくさんあると思いますが、


 ただ、個人的経験から言うと
 この形態においては

 【幸せに学べる】

 んですよね。



■信用、信頼、尊敬できる方とご一緒して
 いろんなことを教えていただけるのは、

 単純に知識が増えたとか、
 カネが儲かった、

 などといったことより、
 はるかに幸せなこと。



■時折、

 理不尽な叱責があったり、

 めちゃくちゃな無理難題を
 申し渡されたりすることもありますがw


 そんなことすらも嬉しくなって

 「ハイか、イエスか、喜んで!」

 となるのは、

 経験したことのある人にしか
 分からない感覚だと思います。



■ここまでに記した学びについて

 「これが唯一正解の学び」

 などというつもりは
 さらさらないのですが、

 【幸せに、深く、
  しかも速やかに学べる】

 という意味において、


 個人的には

 (ハイか、イエスか、喜んで!と
  言いたくなる方との縁に恵まれさえすれば)

 ベストな学び方ではないか、

 と考えています。




 今日も人生とビジネスを楽しみましょう!


 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■教えてくれる人だって「にんげん」    なのである。   ■可愛げのある人間と、そうでない人と、    どちらに目をかけ、    えこひいきしたくなるだろう。   ■この人は!という人が見つかったら、    その人に可愛がってもらえるよう、    全力を尽くす価値はある。   ■いつも気にかけてもらえるようになると、    信頼、信用して全てを開示し    「システム丸ごと」を渡してもらえる、    という僥倖に恵まれることすら    あるのである。

カテゴリ:



※現在、20万1602名が購読中。