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6376号 親の、かつての願いを「奇想天外サプライズ」で叶えてみせるという妄想


■ここしばらく

 「妄想の膨らませ方」

 についてお伝えしてきました。


 しつこく、しつこく、
 お届けし続けているのは

 【妄想、錯覚、思い込み、勘違いが
  行動の起点となる】

 (これがなければ、行動したくても
  身体が反応してくれない)

 からです。



■健全な妄想、錯覚、思い込み、
 勘違いがあるからこそ

 「一丁やってやるか」

 と思うわけです。



■徹頭徹尾、

 自身の未来の否定のみを
 繰り返している人に

 「妄想、錯覚、思い込み、勘違い」

 が起こるはずがありません。



■そんなことでは、

 挑戦しようという奮い立つ心や
 未来への希望や願望、

 といった、心ときめく動きも
 生まれませんから、結局

 【現状維持=ずるずると後退】

 の人生となってしまうのです。



■ところで、妄想と聞くと

 「全く新しい目標」

 を掲げることのみをイメージされる方も
 あるかもしれませんが、

 必ずしもそれに限る必要はありません。



■「過去の欠損を埋める」ことによって、

 喜びや癒やしの感情が
 もたらされるのであれば、


 そうしたことを
 一人考えてワクワクするのも

 「妄想の一種」

 と言って良いでしょう。



■たとえば私(鮒谷)であれば、

 幼少の頃から基本的に
 両親との関係はきわめて良好で、


 それゆえ過去から今に至るまで

 「盤石」

 といってよいほど
 情緒は安定しているし、

 (ひとえに人生に対する肯定感を
  親が与えてくれたからだと思ってます)


 人生を踏み外しそうにはなっても
 すんでのところで踏み外さなかったのも、

 親から幼少期以来、愛されて育ったという
 自覚があればこそ。

 (これもまた、体感として
  間違いのないことです)



■ただ、生まれ落ちたときから
 今に至るまで、

 途切れることなく親との関係が
 完全に良好だったのか、

 というと、さにあらず。



■ご多分に漏れず

 「反抗期」
 「若気の至り」
 「親の心子知らず」

 で、

 大いに心配、迷惑、面倒、厄介を
 かけたものでした。



■はるか後年になって
 その事実に気づいてより、

 出来る範囲でではありますが、
 親孝行に努めてきたつもりですが、


 それでも今に至るまで、なお

 「恩を返し切れていない」
 「埋め合わせは終わっていない」

 といった申し訳なさ、


 あるいは

 「親の感情を、もっともっと
  プラスの方向に満たしてもらいたい」

 という願いが残っているのです。



■親が先に逝くのか、
 私(鮒谷)が先に逝くのか、

 老少不定の世の中で
 それは誰にも分かりませんが、

 少なくともいずれかが先に逝くのは
 間違いないありません。



■そのときが訪れる前に

 「両親との関係性を乳幼児時代あたりの
  完全無欠(?)な状態に戻す」

 ことを、

 (ポジティブな感情とともに)

 妄想しつづけてきた半生
 (少なくとも起業以来)でありました。



■先に記した

 「親の感情を、もっともっと
  プラスの方向に満たしてもらいたい」

 これは私(鮒谷)の願望ですが、


 自分が大きな家に住みたいとか、
 別荘が欲しいとか、

 高級車に乗りたいとか、
 高級腕時計を身に着けたいとか、

 有名になりたいとか、
 名誉や名声が欲しい、


 などといった望みとは
 まるで方向性の異なる、

 しかし紛れもない

 「私(鮒谷)が心から希求する妄想」

 です。



■こうした妄想は存外、

 見落とされがち、あるいは良くて
 軽視されがちだったりするものですが、

 意外と大きな力を与えてくれるもの。



■この欲望が一つ、また一つ


 ※たとえば経済的に一人立ちできた、
  親に仕送りするようになった、

  両親に夫婦旅行をプレゼントした、
  両親とともに旅行に行くようになった、

  毎月必ず実家に帰るようになった、
  その際、食事をご馳走するようになった、

  生活が乱れていないことも伝えて
  安心してもらえるようになった、

  定期的に電話をかけて(長)電話に
  極力、付き合うようになった(汗)、


 といった形で実現されると、

 (両親のためにやっていることなのは
  間違いありませんが)

 むしろ同時に、そのたびに私の満足度や
 充足感も高まる一方となりました。



■少なくとも私(鮒谷)にとっては

 -----------------------

 大きな家に住みたいとか、
 別荘が欲しいとか、

 高級車に乗りたいとか、
 高級腕時計を身に着けたいとか、

 有名になりたいとか、
 名誉や名声が欲しいとか、

 -----------------------

 という欲望が満たされるよりも、

 はるかに高い、精神的な満足感を
 得られる営みが親孝行。



■こうした喜びを覚えると、やがて

 「今度はどうしたら
  もっと親を驚かせられるだろう」

 「新たなサプライズ、意表を突く展開を
  親に見せてびっくりしてもらいたい」

 「次はどうやって
  親をビビらせてやろうか」

 などという、
 いたずら心が出てきたりします。



■ここでいう

 【いたずら心=心ときめく=妄想】

 であり、

 「この思いが閾値を超えると
  行動の起点になる」

 というのは、先に述べた通りです。



■実はここまでの話は
 今回の私(鮒谷)の

 「大学院進学」

 の話と密接不可分の関係にあります。



■実は私(鮒谷)が通っていた
 中学&高校は、

 (ご当地では)それなりに
 名の通った進学校で、


 200人強の生徒のうちの半分が
 東大か京大に進学、

 残りのほとんどは旧帝大か
 国公立の医学部、

 といった学校でした。



■つまり親の視点からいえば


 (私は早稲田の文系学部に
  進学したのですが)

 「私立文系?
  =そんなところに行かせるために
   中学受験させたわけじゃない
  =親不孝の極み」


 だったわけですね。

 直接、聞いたことはありませんが、
 多分、相当がっかりしたはずです。



■もちろん親は
 そんなこといいませんよ。

 受験当時は

 「おお!早稲田に合格したか!
  良かった、良かった!!」

 と諸手を挙げて
 喜んでくれました。



■でも同級生のほうが正直で


 (高校生とはいえ子どもですから
  まったく悪気なく)

 「早稲田?ウケるwww
  人生、捨てとるなあ」

 とか言われていたもので、


 他ならぬ私自身、人生詰んだと思って
 投げやりになったくらいですから、

 (実は)両親の心にもきっと
 そんな気持ちがあったであろうことは、

 想像に難くありません。



■特に父親は私(鮒谷)に

 「東大法学部 ⇒ 官僚 ⇒ 政治家」

 のルートを歩ませたかったようで
 ことあるごとにそんな話をしてくれて、

 私(鮒谷)もすっかり
 その気だったのですが、


 ある時期から、

 そんなことを決して
 口に出さなくなったので、

 当時の父親の心境は
 推して知るべし、でありました。


 きっとガッカリさせたんだろうなあと
 思うと胸が痛む、、、



■中学入学から数年後、気づいたら

 「中学から高校に進級できるかどうかの
  瀬戸際」

 まで追い込まれていて、


 とてもではないけれども、

 そんなことを言っておれるような
 状況ではなくなり、

 「どこでもいいから、
  とにかく高校に進級して、
  大学にだけは行ってくれ」

 ということになってきたのです。



■中高一貫の6年間のうち、

 あいだの4年間ほど(中学2年から
 高校3年の春くらい)までの間、


 教科書を開いた記憶がないくらいには
 まるで勉強しなかったので、

 そりゃ、当然そうなるよね、
 という話なわけですが、


 高校3年の夏休みに入り、
 あることがきっかけでスイッチが入り、

 どさくさに紛れて早稲田に潜り込んだ、
 そんな(黒)歴史。



■その頃のことを思い出すと、
 もう何十年も経っているのに未だに

 「親の期待を裏切ってしまった」

 と胸がしくしく痛みます。



■もちろん昨日も書いたように、

 適性もなければ
 価値観も合致しないので

 「官僚 ⇒ 政治家」

 なんて道は
 どのみち選ばなかっただろうし、

 そもそもなれなかったと思いますが、


 それでもあるところまでは

 「親と自分がイメージを共有していた
  通りの人生を歩めると良かったかも」

 という思いはありました。



■なので、

 いまさらその道を歩めませんし、
 歩みたいとも思っていませんが、

 【擬似的に、昔、味わってもらいたかった
  感情を味わってもらえるかも】

 という思いは、

 今回の取り組みにおいて
 一貫してありました。



■もちろんそれが
 動機の全てではありません。


 しかし

 【こっそり準備を進め、

  親も忘れているに違いない欠損ピースを
  数十年ぶりに埋めて驚かせよう】

 そんな気持ちは、今般の
 大学院受験の動機の

 (もちろん、それが全てではありませんが)
 間違いなく一つとしてあり、


 この妄想を膨らませることによって、

 サプライズ計画がどんどん
 現実性を帯びることとなり、

 ついには本当に実現してしまって
 私自身が驚いているところです。



■当事者たる私(鮒谷)が
 驚いているくらいですから、


 親にとっては

 「今ごろ?今さら?なんで?」

 からの

 「奇想天外サプライズ」

 となったようで
 思いの外、喜んでくれました。



■母などはノリノリになって

 「入学式 もちろん行くのでしょ。
  コロナが無ければ私も参加するのに笑笑」

 (原文ママ)なんて
 メールをくれたくらいですからw


 いくつになっても
 母親は母親ですね(笑)

 なにはともあれ、
 こうして喜んでもらえただけで、

 大いに心は満たされます。



■以下、冒頭に

 -----------------------

 「過去の欠損を埋める」

 ことで喜びや癒やしの感情が
 もたらされるのであれば、

 そうしたことを一人考えては
 ワクワクするのも

 「妄想の一種」

 と言って良いでしょう。

 -----------------------

 記したことにも関係するのですが、


 もし、過去に

 (自分や愛する人が)

 実現できなかった夢や
 目標があったなら

 「もし今、それを実現できたとするならば
  どんな気持ちになれるだろう」

 という問いを自らに投げかけて
 みてはいかがでしょう。



■もし、それで

 「妄想が萎むどころか、
  膨らみ、巨大化する一方」

 なのであるならば、

 その妄想は十分に目標にして
 目指す価値のあるものなのです。



■自分でいうのもなんですが、

 私(鮒谷)はこれまで多くのことを
 成し遂げてきたと思っています。


 しかし、それは世間的に見ると

 「功成り名遂げた、といった
  分かりやすい成功」

 とはかけ離れたものであろうと
 おもいます。



■でも、私(鮒谷)にとっては

 「それでいいし、
  それでよかった」

 のです。


 こうした精神的安定や安寧や
 満足や充足の後、

 必要に応じて、
 世間一般に言われるような

 「成功」

 も必要に応じて求められると
 よいとは思いますが、

 (そうした成功も、あって困るものでも
  ないでしょうから)


 その順序を
 逆にはしたくありません。



■過去に風呂敷を広げた妄想を
 たたむ前に、

 新しい妄想を展開しては
 実現しようとするのは

 「宿題をやり残しているのに
  先生から新しい宿題をもらう」

 みたいなもので、


 新しい宿題をやってみたところで
 真に心は満たされない、

 ということも
 あるのではないでしょうか。



■おかげさまで、

 私(鮒谷)は大学院進学によって

 「人生において真面目に、集中的に
  勉強に取り組む時期を持つ」

 という過去から抱いていた妄想を、
 今回、実現させられましたし、


 同時に

 「両親に対するサプライズ&
  (今さらですがの)親孝行」

 という妄想も同時に
 形にすることが出来ました。



■つまり

 【妄想の力によって、
  自らを取り巻く環境を変えられた】

 ということです。


 そしてこの妄想はなにも

 「金持ちになるとか、
  高価な服飾品を身にまとう」

 とかではなく、


 「やり残した宿題をやる」

 という妄想であり、
 むしろ、それがいいのだ、

 と幾たびでも強調したいのです。




 今日も人生とビジネスを楽しみましょう!


 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■妄想力が大事、と聞くと、全く新しい夢を    掲げて妄想を広げなければならない、    と思う人があるが、    必ずしもそうでなくてもよい。   ■かつて願って(実現されなかった)夢を    今、もし実現できたなら、    そんな方向性で妄想を広げてみると    案外そちらのほうが満足、充足しそう、    と思えることはたくさんある。   ■むしろ高い幸福感を感じたいのなら、    そうした過去に広げた風呂敷を畳み、    必要に応じて、その後に、    新しく広げた妄想を形に変えていく、    この順番を意識するとよいだろう。

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