毎日20万人が読んでいるビジネスコラム 平成進化論

日本最大級・毎日20万人が読んでいるビジネスメルマガ
「平成進化論」のバックナンバーをご紹介しています。

メールマガジン「見本」はこちら

【新音源・公式読み解きテキスト】言語を介して対象への「感動」を積極的に生み出す


■おはようございます、鮒谷です。


 昨日、リリースした新音源

 【気を入れる&感動音源】

 をお聴き下さったHさんより
 以下のご感想を頂戴いたしました。



■あらかじめお伝えしておくと、

 Hさんからのご感想は
 音源の内容を完全に理解し、

 さらに10倍の密度、
 あるいは解像度で、

 解説を加えて下さったものと
 なります。



■もうこれは

 【気を入れる&感動音源】

 の

 【公式認定・音源読み解きテキスト】

 として、付録でおつけしたいくらい。



■なので私(鮒谷)からは
 これ以上、何も言うことはありません。

 というか、言えません笑


 なぜ、ここまで私がいうのかは、

 下記のご感想をお読みになると
 ご理解頂けるかと思います、、、


  (ここから)
 -----------------------


 今回の音源はよく聞いてみると、

 構造も内容も複雑で、
 理解するのに手間どってしまい

 ──「考えるな、感じろ」と言われても、
    考えてしまいます──、

 「感想」もまたごく一面的なものに
 なってしまいますが、お送りします。


 ■


 「気を入れる」と言われれば、

 少々曖昧ではあっても一定の観念を
 抱くことができて、

 気を入れないよりは
 入れたほうがいい、

 くらいの了解は
 たやすく得られそうなものです。


 気を入れて対象に接したほうが
 よいというのは、

 言われれば当たり前のことであるように
 見えるかもしれません。


 とはいえ、「気を入れる」という観念が
 なければ気の入れようもないわけです。

 ひとまずこうした観念を
 持ってみたら、

 次に内容を充実させてゆくことに
 なりそうです。


 「気を入れる」とはどういうことだろう、
 音源ではどう規定されているだろう、

 と問うてみるということです。


 「気を入れる」という表現に
 どのような意味を与えるか、

 ということは、

 究極的には各人が勝手にやれば
 よいことだと思いますが、

 音源から私が勝手に読み取る限りでは、

 何よりも「入れる」という表現が含意する、
 いたずらに発散させるでもなく、

 一定の統制をきかせるイメージが
 重要であるように思われました。


 「入る」に任せるというよりは、
 コントロールして「入れる」ということです。


 何に「入れる」かと言えば、

 実際に活動している自分に「入れる」のだ、
 ということになりそうですが、

 気を操って「入れる」自分は
 少し離れたところにいます。


 風船に(空)気を入れるときには、

 当然、吹き込む私と、
 吹き込まれて膨らむ風船があるわけで、

 謂わば実際に膨らんでいる主体からは、
 「気を入れる」側は一歩退いて
 コントロールしています。


 実にコンサルの最中に余剰メモリを働かせる、
 というかたちの気の入れ方に関する言及は、

 そうしたコントロールを
 感じさせるものでした。


 実に「集中する」「没頭する」などだと、

 主語は常に自分で、しかも目的語のない
 自動詞ですから、

 このような一歩引く契機が不明確になる
 面はあるのかもしれず、

 「気を入れる」という表現の妙を
 (ごく勝手に)感じても良いところかな、

 と思われました。


 ■


 とはいえ、

 「気を入れ」ようと思い立つとしても、

 全くの徒手空拳で気を入れろと
 言われても無理があり、

 何らかの前提が必要になるでしょう。

 何の興味も関心も問題意識もない対象に
 「気を入れる」のは随分難しいものです。


 その昔、小遣い稼ぎにやった模擬試験の
 試験監督のアルバイトが思い出されます。

 「小遣い稼ぎ」などという
 しょうもない動機だと、気も入りませんでした。


 一歩引くどころか、
 心ここにあらず、

 ということになってしまうのも
 無理のないことです。


 そもそも心が動いていない対象に対して
 「気を入れる」ことができるのかしら、
 そうする意味があるのかしら、

 という問題が立ちあがりますし、
 ということは、

 感動が「気を入れる」対象を
 選定するための根拠になるだろう、

 ということです。


 「感動」の射程は
 恐らく広くとられてよく

 (というよりも、広いほうが幸福でしょう)、

 「あんなこといいな、
  できたらいいな」

 という憧れかもしれませんし、

 あるいは仕事で顧客に貢献できたときに
 感じられる喜びかもしれません。


 何であれ、現在の場所から
 連れ出してくれる引力、

 あるいは今いるところでいっそう励むための
 或る種内面化された動機があってこそ、

 「気を入れる」ことが
 有意味なかたちで可能になる、

 ということでしょう。


 ■


 とはいえ、感動したからといって、

 即座にバチっと入り込めるかといえば
 必ずしもそうではなさそうです。


 「感動」というと大きな・決定的なものが
 想定されそうですが、

 実際にはひとつひとつが決定的な、
 オール・オア・ナッシングなものである
 というよりも、

 「なんかいいよね」
 「ちょっといいかも」

 程度のものが様々に蓄積されて初めて、
 確たる重みを持つようになるのでしょう。


 「感動のコンボ」という言葉が
 用いられる所以はここにあると思われます。


 そこで、やはり必要になるのは、

 というかやはりそこに立ち返るよね、
 という感がありますが、

 遠大な目標を設定するにあたって
 行われ(つづけ)ることになる、

 大量行動というモメントであり、
 小さな感動を集めまくるプロセスでしょう。


 そしてその中では、

 初めから自分の興味関心を
 敢えて限定するようなことはせずに、

 色々触れてみることで、思わぬ感動が
 引き起こされるということもまた、

 音源で指摘されている通りです

 (もちろん、どうしても自分の世界から
  大きく逸脱することは難しいのですし、
  少しずつ広げてゆけばよいのでしょう)。


 そうして徐々にふくらんだ感動の対象であれば、
 気を入れて取り組むことができ、

 気を入れて取り組む、つまり
 感動した対象へと自らを拘束する中で、

 また新たに生まれる感動がある、

 という循環構造が、
 おそらくは認められるのでしょう。


 もちろん単に循環するというよりは、

 気を入れて取り組むことで有形無形の
 成果が積まれうるのであってみれば、

 螺旋階段のように
 ステージがあがっていくのでしょうし、


 そればかりではなくて、高いところから
 様々な景色が見えるようになって、

 派生的に周辺の事柄に感動し
 そちらに「気を入れ」ていく、

 というプロセスも生じることでしょう。


 ■


 とはいえ(とまた逆接をはさみますが)、
 感動した対象に気を入れつづけるのも

 実際には難しいところがあり、
 この点が問題を複雑にしているようです。


 多くの場合は

 (必ずしも感動しつづけられる
  わけでもない)

 仕事や、人間関係や、事務作業や、
 その他諸々があるわけで、

 時間や体力や精神力は限られています。

 ともすると小さな小さな感動が
 流されてしまうことはありうるでしょう。


 感動がある程度のコンボをなして
 大きくなってきても、

 「気を入れる」ことへと
 即座に持ってゆくことまでは
 いかないところはありそうです。


 さらに言えば、決して現在置かれた環境に
 あまり心を動かされていないのだとしても、

 現在の環境で成すべきことには
 当座の対応として敢えて気を入れたほうがよい、

 という場合もあるでしょう。


 当座の仕事はどうにもやる気がしない、

 しかし気を入れてやったほうがいいに
 決まっている、

 ということはある(けれども難しい)、
 というなりゆきです。


 この双方については、

 なんと言っても『目標設定音源』
 ないしは『ピラミッド音源』が
 一定の指針を与えるのでしょう。

 あるいは『時間の天引き』音源でしょうか。


 時間をとって感動の素材に触れまくり、

 感動を大きくしてゆくということは
 或る種の人間には必須の作業でしょうし、

 また気を入れて取り組んだほうが
 よい対象に気を入れられないのなら、

 対象が目標への秩序の中に
 適切に組み込まれているかどうか、

 という点を先ず疑ってみるのが
 よいからです。


 組み込まれて、位置付けと説明を
 明確に与えられていれば、

 適切なかたちで気を入れられる
 (可能性が、少しずつ上がる)
 ということでしょう。


 ■


 以上が雑駁なまとめであるとして、
 以下は感想の体を借りた妄言ですが

 (それゆえに上記の中途半端な「まとめ」よりも
  「感想」らしいものですが)、

 あくまでも「感想」という体で、
 このまま送らせていただければと思います。


 感動を求めて色々なものに触れにゆくことが
 音源で積極的に推奨されているのに関連して、

 付け加えることが許されるなら、

 何であれ出会ったものに関して
 人工的に感動を作り出そうとしてみる、

 ということもまたきっかけとしては
 悪くはないのかもしれません。


 感動は確実に何らかの認識に基づき、
 有意味な認識は必ず言語によって記述され、

 言語によるということは、
 程度の差こそあれ何もかもが
 フィクションであるからです


 感動の機会を
 積極的につくるばかりではなく、

 感動そのものをも創造する、
 悪くいえば捏造する、

 ということが可能かしらん、
 ということです。


 もとより、決め打ちせずに色々なところに
 感動の種を探しに行く、と思ってみてもなお、

 本当は自分の興味関心を
 著しく離れたところに、

 つまり自分の言語的世界の外に
 探しにいくことは不可能でしょう。


 私がいろいろ探そうとしたときに、

 楽器やイラストやカリグラフィやヨガに
 関心を示してきたのも、

 よくよく考えてみれば既存の経歴や
 交友関係がなければ示しえない関心だったわけで、

 既に一定の親しみがあった領域に
 手を伸ばしてみたという次第です。


 対象を選定する時点で既に手持ちの言語に
 強く拘束されるわけですから、

 寧ろ逆向きに言語を用いる、
 つまり対象に触発されるに任せず、

 言語を介して対象への「感動」を
 積極的に生み出す、

 ということもありえるのではないか、
 と思われるわけです。


 こう表現すると、

 「感動」という運命的で
 受動的な香りのする言葉の与える印象からは
 離れてしまうのかもしれませんが、

 何もせずに感動を待つのではなく、

 感動をもたらしそうな対象に触れる機会を
 能動的に作ることが十分に理解可能であるのなら、

 対象に対する感動そのものが必ずしも
 その起源において自生的である必要も
 特にないのだろうな、

 と思われたということです。


 こじつけめいてはいるかもしれませんが、
 私事もおおいに混ぜるのであれば、

 或る種「感動」のようなものを
 突き放してものを読むための
 半ば職業的な訓練を積んできた身としては、

 強いて大げさに感動してみて
 (感動したふりをして)、

 その様を記述することから
 はじめるのも悪くはないのかもしれない、

 と思われるのですね。


 感動しないことが、
 感動を手放すことが癖になっているからには、

 (つまらないものであっても)
 感動した振りからリハビリを始めてみる、

 という具合です。


 そうした或る種人為的な感動からはじめて、
 気を入れてみて、

 そうしているうちに起源にあたる嘘
 (をつくという決断)が隠蔽されたときにこそ、

 人為的だった感動は運命的な感動へと
 再編集されるのかもしれません。


 実に権威が自らの暴力的な起源を抹消することで、
 真正の権威になる様子にも等しいようですし、

 これはジャック・デリダが『法の力』で
 ベンヤミンに寄せて暴いた

 ──ということは、ふつう隠されている──、

 思惟の原初的決断のありように
 近い嘘です。


 実に「気を入れる」ということが、
 手持ちの気のリソースに関して、

 一歩引いたところから適切な統制と
 配分を行った結果であるとすれば、


 「感動」もまた、運命や対象によって
 触発される面があるとはいえ、

 私たちが統御し積極的に生ぜしめる
 ものとしてとらえられるのであり、

 そう見るのも悪くないのではないか、
 ということです。


 ■


 ......というわけで、

 無理やり私なりの言葉に引きつけて
 「感想」とすることが許されるのであれば、

 「フィクションを立てて
 人生を少しずつ進める」

 ことに関する言語を
 豊かにする機会になったかな、

 と思われます。

 今回はありがとうございました。


 (R.H さま)


 ------------------------
 (ここまで)



■Hさん、長長長文(!)のご感想、
 ありがとうございました。

 もう何も付け加えることはありません。

 私(鮒谷)がお伝えしたかったことを
 10倍、100倍の解像度と精密さで、

 補足解説下さっております。



■既に音源をお聴きくださった方は、

 以上の読み解きテキスト(!?)を
 お読み頂いた上で音源を聴かれると、

 また異なる角度からの気づき、学び、
 発見を得られるに違いありません。



■これから当音源を聴かれるという方は、

 上に記して下さった内容の意味を
 音源を聴かれることによって、

 より深く、理解されることと
 なるはずです。

 そしてそれは、きっとまさに私(鮒谷)が
 お伝えしたかったそのものです。



■より詳しい、当音源内容の説明に
 ついては以下の通りとなります、


 (ここから)
 ------------------------



 不完全燃焼の人生をたちどころに甦らせる、
 「気と感動」を我が物とする方法

 ~歩のない将棋は負け将棋、
  気のない人生は負け人生

  覇気も活気も元気も根気もないのに
  素晴らしい人生になるはずがない


 ▼すべては脳内辞書に!?

  あなたがいくら頑張っても
  成果が出せないし、

  どれだけ鼓舞しても
  やる気が出てこない理由

 ▼「狂気」すらも
  ポジティブな意味合い(!)

  「気」という言葉を脳内辞書に記載した
  鮒谷に起こったコペルニクス的転回のお話

 ▼「不」幸せ!ボンビーガール状態な
  あなたにこそ聞いてもらいたい、

  鮒谷が実践して、
  お金に困らなくなったある方法とは

 ▼将棋!風船!基礎体力!
  ボクサー!551の蓬莱!

  あなたもきっと気を入れて
  人生を送りたくなる
  5つのたとえ話

 ▼緩むのは車中のまどろみのみ!?

  鮒谷の師匠、高井伸夫先生の
  日本トップクラスの気の入れ方を
  ご紹介します

 ▼「楽しかったね、またね」

  といった毒にも薬にもならぬ
  その場限りの泡沫系コミュニケーションでなく、

  「今日、あなたと会えて本当によかった!」

  と、相手との信頼関係を都度強化できる、
  そんなコミュニケーションスタイルとは

 ▼画竜点睛!?

  北斗セールス音源を
  100回聞いて実践しても
  全くものにならない人

 ▼対人折衝業務従事者必聴!

  鮒谷も実践する、
  あなたの仕事のレベルを大いに引き上げる
  2つの「振り返り」とは

 ▼手抜きは大損!?

  鮒谷が二日酔いでも話せるほどに
  慣れ親しんだ分野でも必ず全力を尽くす
  3つの理由

 ▼言語を脳内に
  インストールするメリットについて

  「気を入れる」を事例に
  あらためて語ってみた

 ▼自己肯定感がどんどん高まる!

  意思決定基準を導入し、
  実践する際に意識したいポイントとは

  ~土日も働く鮒谷流タイムマネジメントの事例から~

 ▼頑張っても頑張っても、
  人生は日々悪化し、
  未来は右肩下がりの衰退イメージしかない。。。

  そんな人生逓増ならぬ、
  人生逓減感に悩まされているあなたにこそ
  意思決定基準が必要なワケ

 ▼あらためて「気を入れる」ことの
  効果効能について

  「生きる姿勢」という観点から
  お伝えしよう
  (前半のまとめ)

 ▼「心震えてますか?」

  という問いが、

  「気を入れる」

  と不可分の関係にあるワケ

 ▼わずか2秒でわかる!

  あなたの目標がパチモン(!?)か本物か
  即座に判定できてしまう質問とは?

 ▼我が心、砂漠の如し、、、

  そんなミイラのような
  干からびた屍(しかばね)ライフを
  送っているあなたが

  瑞々しい感動に満ち溢れた人生を
  取り戻すためにまず取り組むべきこと

 ▼「塊魂」というゲームが教えてくれた、
  世界を広げる取り組みの際に
  意識しておきたい概念のお話

 ▼ムダを徹底排除し、仕事に一点集中!

  というスタイルが
  成果を生み出し続けられない理由

 ▼総括

  「感動&気を入れるシステム」を
  構築することで

  人生に何が起きるか
  あらためてお伝えしよう


 ■質疑

 ▼ノウハウよりも
  まず先に姿勢が重視される理由

 ▼自らをレベルアップさせるには
  (全方位型入魂のススメ)

 ▼金太郎飴、判で押したような
  横並びで没個性な
  量産型人間形成メカニズム

 ▼社会人になって早々に
  古典学習に取り組む是非

 ▼「集中する」と「気を入れる」
  どちらを採用すべきか

 ▼鮒谷の考える理想の人生とは

 ▼鮒谷が省察、振り返りの精度を
  向上させるために実践していることとは

 ▼コミュニケーションに「気を入れる」ことで
  できること

 ▼現在、キャリア構築の理想的な
  ルートを通っている人のお話

 ▼活動エネルギーが切れてしまう場合の
  スケジューリング方法、
  エネルギー総量の増やし方について


 ------------------------
 (ここまで)



■当音源はサブタイトルに付けた

 「覇気も活気も元気も根気もないのに
  素晴らしい人生になるはずがない」

 の文言にギクッとされたり、
 思い当たる節のある方に、

 特にお聴き頂きたい音源です。 

 (もちろんさらなる覇気や活気を
  手に入れたい方にも有効です)



■以下よりお求め願います。


 ──────────────


 不完全燃焼の人生をたちどころに甦らせる、
 「気と感動」を我が物とする方法

 ~歩のない将棋は負け将棋、
  気のない人生は負け人生

  覇気も活気も元気も根気もないのに
  素晴らしい人生になるはずがない


 ▼収録時間:約183分(3時間3分)


 ▼価格:35,000円(税抜)


 ──────────────

          鮒谷周史拝

カテゴリ:



※現在、20万1602名が購読中。