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6131号 白川静先生の自伝『回思九十年』を21年ぶりに読んでの感想

■先日の個別コンサルについて、

 大橋亮太さんより長文の感想を
 頂戴いたしましたので、

 以下にご紹介いたします。



■ぜひ、熟読して下さい。

 タダで個別コンサルの雰囲気を
 掴んで頂けます笑


 また、人生や仕事に対する、
 一定の問題意識を持たれている方なら、

 大きな学びを得られるはず。

 (話をさせて頂いた私(鮒谷)も
  良い復習&学びになりました)



■今日の本文は、下記のご感想を
 踏まえての話をいたします。


 (ここから)
 ------------------------


 生きてきた中で、

 ハンマーで殴られたような
 衝撃を受けた言葉というものを、

 どなたも一つか二つは
 持っているのではないかと思います。


 「衝撃を受ける」という言葉を
 言い換えると、

 パラダイムシフトが起こる瞬間、
 と言えるかもしれません。

 より具体的には、

 今までの信念や考え方が
 一気に崩れ去る瞬間、

 とでも言えるでしょうか。


 この時、衝撃を受けた言葉というのは、

 他人にとっては何てことない言葉で
 あることがほとんどだと思います。


 ちなみに

 (個人的な話で恐縮ですが)
 私が人生で衝撃を受けた最初の言葉は、

 学生時代に教授から言われた

 「人は理屈で考えるが、
  理屈では動かない」

 というものでした。


 コテコテの理系で理屈っぽく、

 人付き合いが
 うまくいってなかったからこそ、

 この言葉に衝撃を覚えたのだと
 思います。


 ここから言えることは、

 一見当たり前のような言葉であっても、
 受け取る人の文脈(状況や背景)によって、

 その価値は劇的に変わるということ。


 そして、

 何気ない言葉によって自分が今まで
 築き上げてきた信条が崩れ、

 行動の変化が起こり、
 結果として人生が大きく変わる、

 ということが起こりえるのでは
 ないかと考えています。


 つまり、自らの行動規範を
 一気に変えていくためには、

 自らの信条を変えてくれる言葉に
 出会う必要があると思いますが、

 高い確度で自らの信条を変えてくれる
 言葉に出会うことができるのが、

 鮒谷さんの個別コンサルティング
 ではないかと考えています。


 コンサルティングにおいては、
 瞬時に私の状況を察知して頂き、

 今の私を形作っている信条や考え方を
 踏まえた上で、その枠組みを

 編集・拡張・破壊・置き換え

 といった形で
 縦横無尽に動かしてくれます。


 結果として、

 今まで見えていた世界が全く違うものと
 して見えるようになるのです。


 今までの人生で衝撃を受けた言葉、
 すなわち、

 行動規範ががらっと変わるような言葉を
 確度高く伝えて貰えるのであれば、

 それはいくらであったとしても、
 安いと言えるのではないでしょうか。


 なぜなら、

 (ウィリアムジェイムズの
  言葉を借りれば)

 行動が変われば
 運命が変わるからです。


 そういった意味で、

 個別コンサルティングを通じて変化・変容の
 きっかけを提供して下さる鮒谷さんには、

 本当に感謝の気持ちしかありません。


 改めましてありがとう御座いました!
 次回も何卒宜しくお願い致します!


 (株式会社CODOR
  代表取締役 大橋亮太さま)


 ------------------------
 (ここまで)


 大橋さん、長文のご感想、
 ありがとうございました!



■以前読んだ、
 井上ひさしさんの遺作である

 『一週間』

 という小説の中に


 「人間が生きて行くためには、

  世界がどんなふうにできているかと
  いう世界観と、

  世界がそんなふうにできているなら
  こう生きようという処世訓が必要だ」


 といった話が記されていました。



■どういうわけか、この

 「世界観 → 処世訓」

 のくだりが印象に残っています。


 この文章を読んで、

 「世界観(世界認識)と
  処世訓(行動様式)は密接不離なもの」

 と思ったからかもしれません。



■これまで数多くの方と、

 個別コンサルやセミナー等を通して
 対話、質疑を重ねてきましたが、


 結局のところ

 「世界をどのように認識しているかで
  現実の行動が規定されている」

 のは、間違いないように思われます。



■たとえば


 「お金を稼ぐのは簡単だ。

  なぜなら他者の困りごとを解決すると
  お礼(=お金)を頂けるから。

  そして他者のお困りごとは
  無尽蔵にあるのだから、

  お金を稼ぐのは簡単だ」

 という世界認識を持っている人と、


 「お金は、やりたくない仕事を嫌々行う
  労働という名の苦行、辛抱によって、
  わずかに得られるもの」

 という世界認識を持っている人。


 両者の間の行動に
 相違は生まれるか、生まれないか、

 ということです。



■行動に違いが起きるのは
 当然ですよね。

 私(鮒谷)が個別コンサルの中で
 行っていることを端的に表すならば


 「そういうことに気づいてもらい、
  必要に応じて
  世界認識を入れ替えてもらう。

  そうすれば自ずから
  処世訓(行動規範)も変化し、

  振る舞いそのものも変化する」


 という一連の流れを作り出すこと。



■そんな面倒、かつ分かりにくいことを
 行うよりも、

 さくっとノウハウとか知識を
 渡すほうがコンサルをしているっぽい、

 ですよね。



■しかし、そうしたことを散々、
 行ってきて分かったのは

 「求める成果と、そのために必要とされる
  世界認識が完全にずれている方」

 に対して、


 どれほど一生懸命に、

 有用かつ再現性の高い方法論を
 お渡ししたところで

 「やらない人は結局、やらない」

 ということ。


■しかし、たとえそんな方でも

 「世界の捉え方」

 を変えるための、
 ほんの一言、二言を伝えるだけで

 「ガラッと180度、人生や仕事に
  向き合う姿勢が転換する」

 こともまた、


 長年の、そして多数の個別コンサルや
 質疑経験を通して、

 理解できるようになりました。



■ですから現在は、


 クライアントさんの世界認識や
 パラダイムをできるだけ正確に理解し、

 成果の出る、それにスムーズに
 シフトして頂くための

 「パラダイムシフトのお手伝い」

 をすることを、

 (それが全てとはいいませんが)

 必要と思われる方には行い、
 その価値を認めてくださる方が、

 大勢、いらっしゃるという風に
 考えています。



■先のご感想において、

 大橋さんは以上のような話をご自身の
 言葉としてお伝え下さったのではないか、

 と思っています。



■もし今、あなたが


 「動きたいのに動けない」

 「稼ぎたいのに稼げない」

 「自分では能力やポテンシャルが
  あると思っているのに発揮できない」

 「いつも人間関係が生じる」

 「先送り癖を克服できない、
  続けられない、習慣化できない」

 「いつまでたっても本気になれない」

 「何をやっているわけでもないのに、
  毎日、精神的に疲れる」


 といった悩みを
 お持ちであるのなら、


 「能力の発揮や、ポテンシャルの
  発現を妨げるボトルネックの解消」

 を図るための、

 新しいパラダイムをお渡しすることを
 最大の価値としている、

 個別コンサルティングのメニューが
 あなたのお役に立てるかもしれません。



■大橋さんもお書き下さっているように、

 人は、ある一言によって
 世界の見え方がガラリと変わり、

 行動が変容する、
 ということがあるものです。



■かくいう私(鮒谷)も最近、
 同様のことがありました。


 2006年に亡くなられましたが、

 漢文学者の白川静先生という方が
 いらっしゃいました。



■ご存じの方も多いと思いますが、

 白川先生は古代漢字研究の
 第一人者であり、

 字書三部作『字統』『字訓』『字通』を
 ライフワークとして編まれた方。



■1999年(今から21年前)、

 日経新聞の『私の履歴書』に白川先生が
 一ヶ月間、連載されていたのですが、


 それまでに同コーナーにおいて
 数多くの自伝に触れてきましたが、

 ことさらに強い印象が残っており、それを
 思い出して久しぶりに再読したくなり、

 読み返してみたのです。

 (この連載は『回思九十年』という
  書名で出版もされています)



■「生涯を捧げられる対象」を
 見つけられ、

 その対象に全身全霊、
 没入してこられた喜びが、

 ビンビン伝わってきました。



■中でも私(鮒谷)が震えた箇所の
 一部を、以下にご紹介いたします。


 (ここから)
 ---------------------------------


 (前略)

 中国の古典に近づく方法は
 色々あるであろうが、

 最も日常的なものとしては
 辞書がある。


 しかし従来の辞書は、
 文字の理解も十分でなく、

 ただ字書的な訓義を集め、
 用例としての例文をあげるだけで、

 これを統貫するものがなく、
 感激をよび起すものがない。

 知識的な探査の要求を、
 ひき起すものがない。


 文字の十分な理解のもとに、
 それによって表現される世界への
 清新な驚きをさそうものがない。

 しばらく留連して遊びたいという
 知的衝動を促すものがない。


 文字の起源的な意味はどうであったのか。

 歴史的にどのような意味展開を
 遂げてきたのか。

 わが国でどのように理解されてきたのか。

 他の字義と、それはどのような系列、
 親縁の関係をもつのか。


 その歴史的な、また体系的な知識が
 与えられることによって、

 字書は一つの世界となり、
 その安定した秩序の中で、

 遊ぶことができるのである。


 そのような字書を作るために、
 準備的な段階で色々協力を受けたが、
 執筆段階では私が一人で書いた。


 また引用文の取捨について、
 新しい文例の捜査についても、
 私自身が録入したものが多い。

 従来の漢文教育的な
 習気を払拭するためである。


 引用文は表現の完結性を求めて、
 長文となることを避けなかった。

 かつ全文を訓読し、時に補釈を加え、
 そのまま理解しうるものとした。

 かつ多くの下続語を加え、
 語彙を豊富にした。


 この『字通』は
 『字統』の時以上の反響をよび、

 私の趣意は、ほぼ理解されたものと
 考える。


 この字書三部作によって、
 その翌年度の朝日賞を贈られた。

 またその少し前に、
 京都府の文化賞特別賞を受けた。

 命長くして、
 多くの幸いを得ることとなった。


 漢文学者 白川静
 『回思90年』より


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 (以下、同書での
  呉智英氏との対談抜粋その1)


 呉
 ソシュールは漢字を考えるうえで
 どの程度参考になるのですか。


 白川
 ソシュールの理論でも、言語過程説は、
 象形文字、表意文字をもたない
 ヨーロッパにおいては可能であるとしても、

 漢字の研究には
 なんの役にも立たないでしょう。


 かえってアメリカ・インディアンが
 残しているあの大量の絵文字のなかに
 多くのヒントがある。

 あるいはマヤの象徴的な記号のなかに
 親縁を感ずるものが多いのです。


 しかし方法は、
 資料に対するものであって、

 方法があって資料があるのではなく、
 資料のなかから方法は導かれるべきものです。

 私は数万片の甲骨資料をすべて写し、
 あるいは抄写を試みました。


 呉
 一点一点トレーシングペーパーに
 写すのですか。


 白川
 そうです。


 一片ずつトレースしておくと
 主題による分類がいくらでも可能で、

 事項別に分類することができ、
 字形系統化などもできます。


 まず資料を完全に制御しうる状態にすること、
 それが第一の基礎的な手続きです。

 手で写すことは、コンピューターに
 打ち込むよりも、はるかに有効です。


 コンピューターは
 特定項によって作動しますが、

 手で覚え、肉体化されたものは、
 いわば未分の全体を含むのです。


 手で写して新しく得た資料は、
 すでにある資料と感じあい、
 重畳し、互いに意味づけをしてゆく。

 そういう過程のなかで、
 私が写しつづけた文字は、
 皆自らの素性を明らかにしてきたのです。


 おそらくト文を記したであろう人
 (貞卜者)のもつ意識に自然に近づいて、
 親しんでいたのでしょう。

 それで私が気がついたとき、
 古代文字はその体系を
 すべて明らかにしていたのです。


 呉
 写しているうちにいわば
 古代人が乗り移るわけですね。


 白川
 ものに部分というものはない。

 部分は、全体に対して、
 全体の中においてある。

 部分が明らかになるときは、
 同時にその全体が理解されるときです。


 少なくとも、その可能性が
 開かれたときでなければならぬ。

 これを文字学のうえからいえば、
 特定の文字だけが理解できるということはない。


 わかるときには全部がわかるはずです。

 全部がわかるということは、
 その体系が把握されたということです。

 これはおそらく文字学だけではない。

 すべての研究の分野に通じて
 いいうると思います。


 体系として、また歴史的に、
 つねに全体としてとらえるということを、
 学生にも話しています。


 漢文学者 白川静
 『回思90年』より


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 (以下、同書での
  呉智英氏との対談抜粋その2)


 呉
 先生は学界にあって、
 学閥抗争にも巻き込まれず

 孤高の位置にいらっしゃったと
 思いますが、それはなぜでしょうか。


 白川
 私が学界の少数派であるという
 批評については、
 私から何も申すことはありません。


 多数派とか少数派とかいうのは、
 頭数でものを決める政党の派閥の考え方で、
 大臣の椅子でも争うときに言うことです。

 学術にはなんの関係もないことです。


 学会にはほとんど出ませんから、
 その意味でならば少数派ですが、
 そもそも私には派はないのです。

 詩においては「孤絶」を尊び、
 学問においては「孤詣独往」を尊ぶのです。


 孤絶、独往を少数派などというのは、
 文学も学術をもまったく解しない人の
 言うことです。

 私の書きましたものは、
 ずいぶんと読みにくいものが多いのですが、
 それでも多数の読者を得ているのです。


 「棺を蓋うてのちこと定まる」

 という語がありますが、

 棺を蓋う前に、このような共感を
 得ていますので、

 私自身は、
 そのような言い方でお答えするとすれば、
 絶対多数派であると思っているのです。


 しかし学問の道は、
 あくまでも「孤詣独往」、

 雲山万畳の奥までも道を極めて
 ひとり楽しむべきものであろうと思います。


 呉
 今日はどうもありがとうございました。


 漢文学者 白川静
 『回思90年』より


 ---------------------------------
 (ここまで)



■こうした言葉に触れることによって

 「眼が見開かされる」

 ことがあるものです。


 人生においては、

 この体験こそが何よりの楽しみであり、
 ご褒美であるとも考えています。



■21年振りに、白川先生の語りに
 触れて考えたことは、

 長くなりましたので、別途、
 どこかでお伝えしようと思いますが、

 まさにパラダイムシフト
 (と、それに連なる処世訓)

 を私(鮒谷)にもたらしてくれました。



■偉大なる先人方と同じことができるとは、
 よもや思ってもおりませんが、


 それでも私(鮒谷)もまた、
 求めてくださる方があれば

 「新たな視点を得て、
  眼が見開かされる」

 そんな経験をして頂くお手伝いを
 たとえ微力であれ、できないか、


 という思いをつねに持ちながら
 個別コンサルティングというサービスを、

 長きにわたって
 ご提供してまいりました。



■先に記しましたように、

 「自身の世界認識が、飛躍を妨げる
  ボトルネックとなっているのでは」

 と、もし、あなたがお感じに
 なられているようであれば、

 お役に立てるかもしれません。


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 今日も人生とビジネスを楽しみましょう!


 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■いくら方法論を学んだところで、    世界をどのように捉えているか次第では    肝心の学びを活かせないままとなる。   ■処世訓は世界観に紐付いてこそ、    結果をもたらすものであるからだ。   ■世界観と処世訓が密接不離な形で連携し、    期待する成果を生み出し始めたときが、    人生や生活、ビジネスにおいて    一大飛躍がもたらされるときである。   ■なかなかうまくいかない、という気持ちが    生まれたら、    処世訓を求めたり、疑うのではなく、    自身の世界認識そのものを疑うところから    始めてみてはどうだろう。

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