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6107号 「一橋の文系か、理系か、どっちに行きたいんや?」と尋ねられた話


■昨日の日中に

 「船津さん&中田さんインタビュー音源」

 をお聴き下さった方からの
 ご感想集を配信いたしましたが、

 それを読まれた船津さんご自身から
 以下のご感想を頂きました!


 (ここから)
 ---------------------


 鮒谷さん、
 セカンドステージの皆様

 および、

 音源をお聴きくださった皆様


 先日収録の音源を
 リリース頂いたことを知り、

 「本当かよ。
  リリースされちゃったよ」

 と、半分呆けた気持ちでメルマガを拝読し、
 同時に

 「ここからが本番だ」

 「ここからが
  本当の衆人監視の場が始まる」

 と、襟が正される気持ちになりました。


 鮒谷さんから祝砲と檄を賜り、
 改めて戦いの火蓋が落とされ、

 新たなステージが始まったのを
 知りました。


 とは言え最近、

 種々のアクシデントや不調が重なり、
 裏では表に出ている結果を下回るのでは?

 という状況に一時的になっており、内心、
 半分慌てふためいている自分がいました。

 過去の重力に
 引き込まれそうになりながら。


 しかし、

 音源をお聴きくださった皆様からの
 ご感想をメルマガで拝見させて頂き、

 「いやいや、慌てふためいている
  場合ではないな」

 と、猛烈に我に返らせて頂きました。


 これこそが正に

 「衆人監視の力」

 と実感しました。

 飛び込む前は怖かったのですが、
 「これだ!」という確信があります。


 もしかすると、
 年間プログラムご参加の皆様にとっては、

 既に聴かれている内容でもあって
 新鮮味が足りず、


 またもしかすると、

 私の「大根役者(?)」ぶりと
 対話能力の無さが顕著に出てしまい、

 ガッカリしてしまわれた方が
 多くいらっしゃったのでは!?

 と不安で不安で仕方ありませんでした。

 (そうだとしても仕方がないです)


 鮒谷さんが対談中、あるいは中田さんが
 ご感想で触れられていました通り、

 「ダメ人間」

 (お茶を飲みながらだと
  我ながら吹き出すくだりですがw)

 という「ウルトラC」しか
 目になかった私でした。


 そして或る人も触れておられました通り、
 承認してくださる家族もいて

 「この程度の事で自殺など甘ったれんな」

 的な人間でした。


 が、ここから、

 地味で当たり前、長期的な目線で
 言葉のインストールと上書きを続け、

 お金を稼ぐご縁に預かり、
 内面から外への結果が顕れるようになった、

 ということについて、


 本当に年間プログラムの仕組み、
 鮒谷さんは勿論のこと、

 周りの皆様に助けて頂いたことは、
 紛れもない事実です。


 今となっては「笑い話」のように
 聞こえてしまうかもしれませんが、

 FXにハマる前の私はギャンブルや
 借金にハマる人達を軽蔑していて、

 ウルトラCを目指すのは愚か、

 と考えていたつもりでした。

 (勿論、FX自体を否定しておらず、
  単純に私がFXをギャンブル的な使い方しか
  できなかったたけですが)


 しかし、そもそもなぜ知らぬうちに
 ウルトラCを目指すようになっていたのか?

 早い話、自分の内面に自信を持てなかった
 からに他なりませんでした。

 だから、潜在的には
 「ウルトラC派」だったのです。


 お金を溶かした事件の後、
 必死で鮒谷さんの音源をリピートし続けて、

 言葉の書き換えを行った期間、

 (対談では触れてませんでしたが、
 「盲目のセーラー岩本光弘さん」
  の音源もです)

 そして、副業のご縁に預かってからの
 PDCAと渦を巻いた期間。

 これらは、
 内面を書き換えていった

 「当たり前で地味な活動」

 でしかありません。


 しかし、多少でも自分で、
 「この程度」ではありますが、

 お金を稼げるようになった
 外側の結果について、私も驚き、

 そこに多少注、
 目を頂くことにもなりましたが、


 この「地味な活動」こそが肝要であり、

 ここに「ウルトラC派」を棄てる
 自分になれた契機があったということだと、

 しみじみ振り返ることができています。

 (自分で書くと、自画自賛の臭いが
  してくるので、この辺にさせて頂きます)


 ここで申し上げたかったこととして、
 結局のところ、

 変わると決めるための「衆人監視」の
 システムと地道な「自助努力」が必要。

 そして詰まるところ

 「誰も助けてくれないのが世の理」

 ですが、それを知りながらも

 「人は一人では変わることはできない」

 ことをじわじわとサポートする
 年間プログラムに参加して本当に良かった!

 ということです。


 以上、説得力を以って語るには
 まだまだ至らない自分かもしれませんが、

 鮒谷さん、およびご感想をくださった
 皆様へのお礼として、書かせて頂きました。

 改めて、有難うございました!


 ---------------------
 (ここまで)



■船津さん、

 先のメルマガ(号外版)配信直後に

 「感想に対する感想」

 をお送りくださり、
 ありがとうございました!



■船津さんが
 お書きくださっている通り、

 人は一人で変わることは
 できません。


 これまで数多くの方と
 お会いしてきましたが

 (私(鮒谷)は基本的には「絶対に」
  という表現はしたくないのですが)

 こと、この点に関してのみは

 「絶対に」

 間違いないことだと
 確信しております。



■なぜかというと、

 幾度もこのことで
 痛い目にあってきたからです。


 幾度も痛い目に、というのは、

 (コンサルやセミナー等の)
 お客さまが、

 自発的に、あるいは、
 やむを得ない事情により


 「一人で変化・変容の旅を
  続ける道を選択」

 され、結局、続けられずに
 元の木阿弥になってしまった、


 そんな姿を何度も見てきた、
 ということです。



■たとえば、


 勤務されている会社の
 倒産とか買収とか、

 海外転勤とか、

 状況の厳しい部署への移動とか、
 縁のない支店等への転勤とか、


 大恋愛(!)とか、
 ご結婚&海外旅行&甘い新婚生活とか、

 クラブ、キャバクラ、風俗の女性に
 ハマるとか、


 当人の変化を妨げようとする
 家族や周囲の人の介入激化とか、

 生来の人嫌いが発現してとか、


 さまざまな事情で環境が激変し

 「せっかく歩み始められた道を、
  一人で進む」

 ことになった方々。



■これらの中には、

 不可抗力的なものも
 あるかもしれないし、

 なんとかしようと思ったら、なんとか
 なったものもあったかもしれませんが、


 いずれにしても、
 こうしたことをきっかけとして


 「せっかくポテンシャル(潜在能力)は
  あったのに、

  自他が期待していた程には
  変化しきれなかった事例」


 に触れてきて、
 さすがに分かったことがあるのです。



■それは、


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 1、絶対的に能力値の高い人(たち)と
   環境を同じくする

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 ことと


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 2、少なくとも現時点において
   能力値はそこまでではないけれども、

   「変化率」が異常に高い個人
  (できれば集団)と同じ環境に身を置く

 ---------------------


 ことが変化・変容のためには
 決定的に重要である、

 ということ。



■最低でも、上記を満たす人が
 それぞれ一人づつ、


 ーもしくはときに、
  同一人物が両方を兼ねる、

  ということもありますがー


 身近にいれば変化・変容の旅を
 続けられるのですが、

 そうした人がいなくなると
 あっという間に落ちていく、、、



■周りにそうした人がいなければ

 「高い基準(目標)」

 をキープできなくなり、

 いくら自分は大丈夫、
 と思っていても、

 知らず知らずのうちに
 緩んでいくのでしょう。



■こうして気がついたときには
 とき既に遅く、

 「(闇落ち、もとい)
  元の木阿弥」

 となってしまった例を、
 嫌というほど見てきました。



■自分だけは大丈夫、
 というのは過信に過ぎず、

 適切な環境に身を置かずに
 自分一人で、

 というのは、

 人生において変化を志すときには、
 致命傷となり得ます。



■これは受験などを例に取ると
 分かりやすいかもしれません。


 進学校が受験に有利な
 理由の一つとして

 「周囲にいる同級生の
  基準値(目線)が圧倒的に高い」

 ことを挙げられます。



■たとえば私(鮒谷)であれば、

 いちおう(関西圏では)それなりに
 名の知られた進学校に通っていました。


 200名ほどの生徒半数は
 東大か京大(主として京大)に進学、

 これに加えて、旧帝大もしくは
 国公立の医学部まで加えると、

 8割近くはそれらの学校に進学する、
 という環境でした。



■そういう学校に入学すると

 「自分もそのあたりの学校に
  行くんだろう」

 と思うようになるものです。

 (勝手に目線が引き上がる)



■そんな学校において
 私(鮒谷)は中学2年で落ちこぼれ、

 以来、高校卒業まで下から2番、
 ないし、良くて3,4番目くらいが定位置、

 となりました。



■なにせ、中2から高3までの
 4~5年間、

 ほぼすべての教科の教科書を
 配布された状態のまま開かず、


 定期考査の前日にだけ
 なんとなく眺める

 (そして眠くなって寝る)

 ことを繰り返すような生活でしたから、

 どれほど勉強しなかったかは
 推して知るべし。



■そんな私(鮒谷)ではありましたが、
 それでもなお、

 高校2年のときの面談で
 担任のU先生から


 「鮒谷、お前はこの成績で
  どこの大学に行くつもりなんや」

 と尋ねられ、臆面もなく

 「一橋くらいには行ければと
  思っているんですけれども」

 と答えたことを
 今でも記憶しています。

 (一橋に対して、失礼極まりない話)



■その答えに対して、

 担任の先生が体育担当で、
 受験のことを分かっていなかったみたいで、


 「ほー、一橋か。

  で、一橋の文系か、理系か、
  どっちに行きたいんや??」

 と尋ねられたのも、
 今となっては良い思い出です。


 お互いに、なにも分かって
 いなかったという(笑)


 ※念の為に記しておきますが、
  一橋に理系はありません



■昨年であったか、

 同窓会でお会いしたとき、
 先生にその話をしたところ


 「そんなこと言うたっけ?

  あの頃は担任持ったばかりで
  何も知らんかったからなあ」

 という返されてしまいましたが(笑)



■それはさておき、

 全国模試とか、
 たとえば英語とか高2の時点で

 「偏差値39.9」

 とか叩き出しているにも関わらず、

 志望校は一橋とか、
 平気で模試に書いていましたし、


 高校3年になってからは
 さすがに一橋は高望みしすぎかと考え、


 「(レベルを相当、落として)
  ギリ、早稲田くらいにしといたろう」

 と志望校を妥協した、

 くらいの感じでいたのです。



■今から考えると

 「あらゆる科目について
  まるまる4、5年くらい何も学ばず、
  何を言っているのか」

 と思うのですが、


 当時は、そんな

 「受験の常識」

 など、まったく眼中にありませんでした。



■振り返って、
 その理由を考えてみると単に

 「周りの友人が優秀だった
  (=自分の基準値が引き上げられていた)」

 ということに尽きるのです。


 同級生のほとんどは
 相応の学校に行きましたが、

 (一緒に小旅行に行くくらいには
  仲の良かった友だちも
  理三→東大医学部に進学)


 スクールカーストとかも一切ないし
 成績とか無関係に、

 みな楽しく、

 対等に話をしていたので、
 私(鮒谷)もほとんど無意識に


 「まあ、いうても、
  俺もやるときはやるし、

  他のやつは俺より
  勉強時間取ってるだけやから、

  俺がその気になったら、最低でも
  同じくらいの学校に行けるやろう」


 くらいに思っていたように
 記憶しています。



■こうした

 「周囲にいる人間によって
  無意識に埋め込まれた基準の高さ」

 が最後の最後、


 「基準(目標)に
  行動を合わせにかかるかのように」

 高3の夏休みに入って以降、


 (わずか半年ではありましたが)

 爆発的な没頭、没入、集中学習につながり、
 多少なりとも知的欠損を埋めていきましたが、


 この爆発力が生じた理由が分かったのは
 後年になってからのことでした。



■もし当時、

 「周囲にいる人間によって
  無意識に埋め込まれた基準の高さ」

 がなければ、


 おそらくは、ほぼ自動的に
 (それこそ無意識に)

 「偏差値相応の学校」

 を受験校に選択していたに
 違いありません。



■もちろん、今となっては
 実社会に出たら

 「偏差値とか出身校とか学歴とか、
  なんの意味もない」

 ことは十二分に承知しています。


 (しかも早稲田の卒業生とか
  世の中に腐るほどいますしね。

  毎年1万人以上、
  世の中に出てくるのだから、

  100万人まではいかずとも50万以上、
  日本にいるんじゃないでしょうか

  石を投げれば普通に当たります)



■それでも上記に記したような話、
 つまり

 【人は無意識のうちに持つ基準に
  合わせるように行動を行う】

 ということは、

 こうした受験時代の原体験によって
 体を通して理解されました。



■また、世の中に出てからも
 同じメカニズムが

 「あらゆるところで
  日常的に起こっている」

 ことに、
 やがて気づくことになりました。



■いくらでも事例を挙げられますが、


 もっとも分かり易い例でいえば

 「ガチのお金持ちの人と
  一緒に居続けると、

  年収数千万円とか資産数億とか、
  マジ、貧乏」

 と心の底から思うようになる、
 みたいな。



■善悪の話をしているのではなく

 「人間心理」

 について話をしているので
 くれぐれも誤解のないように、、、


 これも一つの例ですが
 こんな風に

 「人生における
  あらゆる要素において、

  (無意識の)基準が
  打ち立てられている」

 と理解するところから
 人生が変わり始めます。



■冒頭の話でいうと

 「せっかく変化・変容の道に入ったのに
  いつの間にか落ちていった人」

 は、


 おそらくはこの

 「環境を選ぶことによって
  (無意識に打ち立てらる)
  高い基準を持つ重要性」

 を甘く見てしまったのでしょう。



■逆に言うと

 「果たしてこの人は
  本当に変わるのだろうか」

 とすら思える人でも


 「環境を選ぶことによって
  高い基準が打ち立てられて、

  その基準に従って行動すれば、
  やがて結果もついてくるようになる」

 ことが普通にあるのです。



■こうした話を理解頂ければ

 「絶対値もしくは変化率の、
  圧倒的に高い人」

 と身近に接することが
 いかに大切さかが分かると思います。



■上述の船津さんのご感想も
 まさに

 「環境の重要性」

 について語って下さったもの。


 当社で提供している

 「年間プログラム」

 の場も、

 「絶対値もしくは変化率の、
  圧倒的に高い人」

 の集う場として機能させたいと
 考えており、

 一定の役割は果たせているのでは
 とも思っております。




 今日も人生とビジネスを楽しみましょう!


 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■人は身を置く環境によって、無意識に    基準を埋め込まれ、    その基準に従って行動するように    プログラムされている生き物である。   ■そんな私たちができることといえば    「(基準の高い)環境を選ぶこと」    だけなのである。   ■一人で頑張ろうと思っていても、基準を    勝手に緩めてしまうのが本性だから、    あっという間に落ちていってしまう。   ■そうならぬよう、     、    基準値の高い人と定期的に集える環境を、    意識し、努力して、整える必要が    あるのだろう。

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