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6010号 たかが茶碗、たかが酒、たかがアイロン、されどそれが文化となる軌跡


■日経新聞の『私の履歴書』ですが
 今月は、

 樂直入氏
 (陶芸家・十五代樂吉左衞門)

 が自らの人生遍歴について
 語られています。



■『私の履歴書』には、

 経営者や政治家、
 位人臣を極めたお役人の他、

 スポーツ選手や学者さんなど、
 多彩な人が登場します。



■毎回、興味深く
 読ませてもらっているのですが、

 中でも私(鮒谷)が好きなのが、

 作家、歌人、俳人、棋士、
 画家、建築家、作詞家、作曲家、
 ピアニスト、バイオリニスト、
 歌舞伎役者、文楽太夫、文楽人形遣い、
 茶道家、漫画家、

 といった文化人の回。



■ビジネス系の方の話は
 なんとなくでもイメージつくのですが、

 まるで異なる世界を生きている
 文化人の話は、

 異文化、異世界探求、あるいは
 覗き見的な面白さがあるからです。



■今月は、上述の通り、
 陶芸家の樂直入氏の連載。

 馴染みのない世界の方なので
 今回も楽しみに読み始めました。


 とはいうものの、

 こんなこと書いたら、関係の方から
 猛烈に怒られるかもしれないけれども、

 でも、あえて
 誤解を恐れずに記しますが、


 もともと、

 「陶芸家で茶碗づくりの人」

 というくらいの前提知識しか
 ない状態で読み始めました。



■ですので、正直に告白すると
 読みはじめの頃は


 「とはいえ、
  たかが茶碗の話だろう」

 「単なる器なんだから
  茶を喫することができれば、
  それでいいじゃん」

 「たかが茶、
  たかが器」


 くらいの感じだったのです。



■しかし、いつものことながら、

 読み進めていくうちに
 姿勢を正され

 「いやいや、
  そういうものではない」

 「私が浅はかでありました」

 と思うようになってきました。



■私(鮒谷)の生活とは縁遠い、

 文化的な営みについて記してこられた
 たくさんの文化人の

 『私の履歴書』

 をこれまで読んできましたが、


 一芸を突き詰めてきた人の話に
 触れるたび、

 毎度毎度、同じような
 心理的変遷のプロセスを辿るのです。



■すなわち、最初のうちは

 「偉そうに書いていても
  たかが○○の話じゃないか」

 と思っていても、


 読み進めているうちに

 その方がときに命をかけて、
 対象物に打ち込んでこられたことが、

 理解されるようになる。



■そしてやがて、

 「言葉」を通して、その分野に対する
 文脈が脳内で形成されるようになり、


 だんだんと感情移入してきて、

 その世界がとてつもなく
 広く、深く、重たいもののように、

 感じられるようになる、


 そんな心理の変遷を
 毎回、繰り返すのです。



■今回の、

 十五代樂吉左衞門さんの話も
 全く同じでありました。


 読み進めていくうち、

 長い時間をかけての、
 内的な葛藤とその克服の繰り返し、

 によって、

 陶芸について、茶碗づくりについての
 思索を深く練り上げられてこられた、

 ことがよく分かるように
 なるのです。


 そして

 「たかが茶碗」

 などとは口が裂けても
 言えなくなっていく、、、



■こうした過程の言語化の履歴が
 時系列順に編まれていくことで、

 当人の中では

 「自分の人生が
  一個の物語になっていく」

 し、

 その物語に触れた他者も
 知らずしらずのうちに、

 「物語から生み出される影響力を
  行使されるようになっていく」

 と言えるのではないかと
 思われます。



■たとえば今回の

 『私の履歴書』

 に記されていた、
 以下の文章を読めば、


 ここまでに記したような話を、

 強く感じられるように
 なるのではないでしょうか。


 ※以下、一部抜粋、
  適宜改行は筆者にて


 (ここから)
 ------------------------

 あの黒々とした茶碗が世間と対峙する。

 茫洋とした黒い宇宙に、世間の価値観や
 常識をことごとく葬り去り、

 社会の喉元に
 匕首(あいくち)を突きつける。

 ------------------------

 あえて制約を引き寄せ、伝統を堅持し、
 その中から独自性を追究する。

 それは面白い仕事だが、
 やがて息が詰まってくる。

 重圧が頂点に達した時、抱え込んできた
 様式を一気に放り投げる。

 篦(へら)で鋭く切る。
 棒きれでぶったたく。

 土は磨崖のように切り立ち、
 歪(ゆが)む。

 そうやって既存の枠組みから外れた
 激しい茶碗が生まれた。

 ------------------------

 まさに振り子。

 片方の極に寄せれば寄せるほど、
 対極への振れ幅は大きくなる。

 自由と制約、解放と束縛。

 相対する意識を自ら大きく
 揺さぶりながら前へと歩む。

 ------------------------

 しかし私は様々な体験を通して、

 日本で着込んだ鎧(よろい)を
 少しずつ脱ぎ始めていた。

 ねじ伏せて主張する自己表現ではなく、
 優しさを。

 そう思った時、抵抗感なく
 ふと樂茶碗(ちゃわん)を思った。

 使われることの優しさ。
 「用」とは優しさのことだ。

 これなら作れるかもしれない。
 私は決心した。家に戻ろう。

 帰国は1976年の暮れであった。

 ------------------------

 私はまた宣言文を掲げた。

「何かを語り、表現することではなく、
 現代的であることや、伝統的であることが
 大切なのでもなく、

 また個性的であることが
 重要でもありません。

 私の中に、
 そっと垂線をおろしてゆくこと、

 世界の何もかもが、
 同時的に詰め込まれた私という存在の洞を、
 手さぐりでおりてゆくこと」。

 思いは今も変わらない。

 ------------------------

 土が捻れ、歪(ゆが)み、
 篦(へら)が鋭く切り込む、
 露(あら)わな土の断面。

 自然のありようの奥に
 形は秘されている。

 作品行為とは、私の意識と自然が
 結ばれる瞬間だ。

 その刹那が美しく、幸せで、激しく、
 心熱いものであればよい。

 その時私は、作品の中に
 1度限りの私を見いだす。

 ------------------------

 この静かな茶碗の中に、

 これほどの激しい否定性を、世俗を
 裁断する激しさを内包しているとは。

 私は長次郎茶碗に秘された恐ろしさを見た。
 極まりを見た。

 それは世間に突きつけた
 抜き身の匕首(あいくち)。

 ------------------------

 権力者が武力で制圧した体制や、
 おざなりに生きた世間の常識に、
 長次郎茶碗は激しく切りつける。

 権力が描いた世の体制を、
 思考した価値観その一切を、

 静寂の佇まいが飲み込み
 無に帰して行く。

 「和敬清寂」。そのようなお決まりの
 文句なぞ言わせはしない。

 ------------------------

 全身に鳥肌が立つ。
 目に涙が熱くこみ上げる。

 世界と己を刺し通し、表現者として
 果てたこの古聖に対し

 「利休さん、よかったね」

 と私は語りかけた。

 その時からである。

 優しかった私の茶碗が、
 激しく牙をむき始めたのは。

 ------------------------

 利休と長次郎が一碗の樂茶碗に
 命懸けで込めたもの。

 その静けさの奥に、激しく牙をむき、
 世間の常識をことごとく砕き、
 体制にかみつく意志と思想が秘められている。

 まさに既存の価値観に突き付ける
 匕首(あいくち)。

 かつてない様式を持つ長次郎茶碗が
 名前さえなく「今焼」と仮名されたように、

 私の茶碗もまた名称を持たなかった。

 いまだ名を持たぬもの、それこそ
 老子の説く「無名天地之始」。

 新しい命の誕生の証し、
 この「天問」の解である。

 私は「焼貫茶碗」と仮の名を付した。

 ------------------------

 長次郎を追究するなら対極をも
 極めなければならない。

 「天問」の後、金彩銀彩を加え、
 加飾の極みへと至る。

 私はその茶碗に
 「砕動風鬼(さいどうふうき)」と
 銘付けた。

 それはまさに鬼の風体。
 私は「鬼」となろう。

 その鬼の心底には悲しみや憤り、
 激しく生きる意志に満ちた人間の
 実存の姿を宿しているはず。

 「体は鬼されど心は人」

 私はその銘に当時の心情と孤立自尊の
 誇りを託した。

 ------------------------
 (ここまで)



■こうした言葉は、

 真剣に対象世界と向き合わなければ
 紡げないものであり、


 命をかけて向き合うことによって
 生み出された言葉は、

 人の心を打つ力を持つようになる。



■対象と向き合い、思索し、
 時々刻々に編まれた言葉は、

 やがて自分の内に、一貫性をもたらして
 くれることとなるでしょう。


 さらにその一貫性は、

 自分という枠を乗り越えて
 やがて他者にまで伝わり、巻き込み、


 ときにはそれが文化や歴史となり、
 政治、経済にまで広がり、

 人の生き死に関わってくることすら
 あるわけです。


 千利休の生涯など、
 まさにそうなのではないでしょうか。



■これらはすべて

 「思索と言語化」

 から生み出されるものであり、


 こうした営みを怠れば、

 自分の振る舞いに
 一貫性が生まれることはなく、

 他者が影響を受けることも
 もちろんありません。



■たまたま、今回は、

 「陶芸、茶碗づくり」

 についての話でしたが、


 一つの対象に真剣に取り組み、
 思索し、言語化を進めていくと、

 自ずから文脈の発生、世界の拡張、
 物語の創造が起こるのではないか、

 と思います。



■別の例でいえば、

 たとえばワインのこと一つ考えても、
 はっきり言えば

 「たかが酒」

 なわけですよ。


 でもそれが突き詰められ、
 さらには関わる人が増えてくると

 「文化や歴史」

 へと昇華されるのです。



■最初から

 「人々の、ワインに対する認識が
  今のようであった」

 わけではないと思うのです。


 最初は一人、あるいは少数の人が
 言葉によって文脈を生み出し、

 それに後から乗ってきた人が
 さらに新しい物語を紡ぎ、


 やがて巨大な文化、歴史、
 そして産業になり、

 個人の人生や生活にまで
 影響を及ぼすようになった、

 といえるのではないでしょうか。



■いま、現時点においては
 何の意味もないものですら、

 こうした意味付けが行われたら
 然るべき意味を帯びてくる、

 という現象は、これからも
 無数に起きてくるはずです。



■たとえば

 「エクストリーム・アイロニング」

 というエクストリームスポーツが
 あるわけですが、

 これなども、まさにその典型であると
 思われます。



■ウィキペディアで調べてみると、
 冗談ではなく、大真面目に

 ------------------------

 (エクストリーム・アイロニング、
  Extreme Ironing)は、

 人里離れた場所でアイロン台を広げて服に
 アイロンを掛けるエクストリームスポーツである。

 このスポーツのプレイヤーは
 アイロニスト (ironist) と呼ばれる。

 ------------------------

 と記されています。



■以下、動画です。
 ぜひ御覧ください。

 https://www.youtube.com/watch?v=sfXqJ5WYPp8

 https://www.discoverychannel.jp/0000006676/


 控えめに言って、
 むちゃくちゃです。



■競技人口は欧米を中心に
 およそ700人いるとされているそうですが、

 これなどもはじめはきっと、

 「一人の狂人(憑かれた人)」

 によって意味を付与されて、
 広がりが生まれたものでしょう。



■超芸術トマソン、
 なんかもそうですね、

 以下、ウィキペディアより。

 ------------------------

 超芸術トマソン(ちょうげいじゅつトマソン)とは、
 赤瀬川原平らの発見による芸術上の概念。

 不動産に付属し、まるで展示するかのように
 美しく保存されている無用の長物。


 存在がまるで芸術のようでありながら、

 その役にたたなさ・非実用において芸術よりも
 もっと芸術らしい物を「超芸術」と呼び、

 その中でも不動産に属するものを
 トマソンと呼ぶ。

 その中には、かつては
 役に立っていたものもあるし、

 そもそも作った意図が
 分からないものもある。

 超芸術を超芸術だと思って作る者(作家)は
 なく、ただ鑑賞する者だけが存在する。

 ------------------------


 興味を持たれた方、ぜひ

 赤瀬川原平の『トマソン』という本を
 読んでみてください。


 ここまでに記したことが
 よく理解できるようになるでしょう。



■こうした

 一見、大したものではないもの
 (たかが○○)

 が大した価値を帯びるまでには、

 (最低でも)
 一人の狂人が必要です。


 個人の異常なる執着や思い込み、
 長期に渡る意味付けの累積が、

 やがて文化や歴史になるのです。


 現代アートなども、まさに
 その典型といえるのではないでしょうか。



■以上、今回、リリースした

 「ことば未来音源」

 をお聴きくださった方に対するお礼と
 感謝とフォローアップの意味を込めての

 「フォローアップコンテンツ」

 でした。



■自らが納得のいく人生を歩み
 (自らの人生にリーダーシップを発揮し)、

 独自の物語を編み、

 さらにその物語に惹かれる他者との
 交流を楽しみたいと思うのなら、

 当音源は必ずやお役に立つはずです。


 繰り返し聴くことによって、
 幾多のヒントを掴んで頂ければ、

 と願っております。



■ちなみに、

 そうした活動に対する
 準備編、入門編としての

 「日記放談会音源
  (基本編とQ&A編)」

 があり、さらに


 自らの語りの方向性を規定し、
 日記を記す上での背骨となる

 「物語」

 についてお伝えしている

 「物語放談会音源」

 もご用意させて頂いております。



■この両音源を、
 より高い抽象度でつなぐ

 「扇の要」

 のような役割を担わせた音源が
 今回リリースした音源である、

 と私(鮒谷)の中では
 位置づけています。



■もちろん、

 要があっても、骨(親骨、中骨)が
 なければ扇子にならぬのと同じで、


 今回リリースした
 音源をお聴きいただいても、

 骨(日記音源&物語音源)への
 理解がなければ、

 先の環境を自分仕様に
 完全カスタマイズすることは難しい。



■ですからまずは、

 「日記音源と物語放談会音源を
  お聴き下さい」

 とお伝えしてきました。


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  日記を書いたら蘇生した話」放談会音源
  <大阪&東京開催分>(基本編)

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  日記を書いたら蘇生した話」
  (92名から頂戴したQ&A編)

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 【鮒谷周史の
  「圧巻!『物語』を自在に操れる者だけが、
  人生を思い通りに生きられる」
  放談会音源】

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 以上が「骨」であり、

 それに加えて、以下の「要」があって、
 初めて「扇」が完成する、

 そんな構成となっております。



■「要」音源のお求めは以下よりどうぞ。


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 【鮒谷周史の圧巻!
  「ことばで未来を創造する技法」
  放談会音源

  ことばを操り、自他に影響力を行使する
  「意思決定基準&物語」の実践的、
  かつ、超効率的な量産法】

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  携帯オーディオプレイヤー版を希望の方は、
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 今日も人生とビジネスを楽しみましょう!


 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■一人の狂人、偏執者の異常なる囚われと    意味の付与から文化が創造される。   ■こうして「たかが○○」から「文化、歴史    伝統を持つ〇〇」へと昇華される。   ■一人ひとりが自分が強く関心を持つ対象に    対し、言葉で意味を付与し続ければ、    自らの信念へと昇華され、やがてそこに    磁場あるいは重力が発生し、    最終的には他者がその物語に巻き込まれる    ようになる。   ■自らがそんな新しい世界(文化、歴史)を    生み出すことは無上の幸福といえまいか。

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