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5946号 鮒谷が比喩や造語づくりを止められない理由


■日経新聞の夕刊1面に

 「あすへの話題」

 というコーナーがあります。


 以前より愛読しているのですが、
 今年の8月24日に

 作家の、ねじめ正一さんが

 『言葉のフルスィング』

 と題して、以下の文章を
 記されていました。


 (ここから)
 ---------------------------------


 私が子供の頃、家業は乾物屋だったが、
 父は母に仕入れから店番まで押っ付けて、
 俳句ばかり詠んでいた。


 俳句が出来上がれ ば母に見せて、
 母が褒めれば上機嫌になって酒を
 呑みに出かけて行くし、

 貶されれば不機嫌になって、
 舌打ちしながら酒を呑みに行く。


 当然、父を訪ねてくる俳人たちも
 酔っぱらいばかりで、子ども心に、

 俳句をする人たちは、
 本当にイヤだと思っていた。


 ところが、気が付けば、私も20年以上、
 ああだこうだと言いながら、
 俳句を詠んでいるのである。


 俳句の何が、私をそうさせるのか
 考えてみると、俳句の不自由さがいいのだ。


 五・七・五の文字数の制約と、
 季語という縛りが、

 逆に、言葉を自由奔放に
 飛ばすことができるのだ。


 そのことを知ったのは、
 この2つの句に出合ったからだ。


 〈戦争が廊下の奥に立つてゐた〉
         (渡邊白泉)

 〈天の川わたるお多福豆一列〉
         (加藤楸邨)


 最初は季語のない自由律俳句だが、

 非日常の「戦争」と
 日常の「廊下」という言葉が、

 「五・七・五の制約の中で結びつくと、
 怖いという感情にリアリティを持たせてくれた。


 後の句は、宇宙の天の川に小さな小さな
 お多福豆が一列に並んで渡るなど、

 超一流のユーモアを感じさせてくれた。


 もうひとつ、
 私が俳句を続けられているのは、

 思いがけない言葉と言葉が
 突然頭の中で引っ付いて、

 いい俳句が出来る瞬間の
 醍醐味があるからだ。


 俳句の五・七・五の定型も季語も、
 フルスィングで言葉を遠くに飛ばすための
 バットである。


   (言葉のフルスィング
    作家 ねじめ正一

    2019年8月24日日経新聞夕刊
   「あすへの話題」より)


 ---------------------------------
 (ここまで)


 このコーナーでは、ときおり、

 繰り返し、味読したくなるような
 文章が掲載されるのですが、

 この文章もそうでした。

 (だからこそ記録に残し、それゆえ、
  こうしてご紹介できるわけですが)



■ここで紹介されている2つの句には
 惹きつけられるし、


 なによりも、最後の方で記されている

 ----------------------

 私が俳句を続けられているのは、

 思いがけない言葉と言葉が
 突然頭の中で引っ付いて、

 いい俳句が出来る瞬間の
 醍醐味があるからだ。

 ----------------------

 の文章に持っていかれました。



■文章を書くことが好きな人は、

 関連性のない全く別の
 言葉と言葉が結びつき、

 それまで見えなかった風景が一気に
 眼前に展開される瞬間の喜びについて、

 よくお分かりのことと思います。



■この喜びを、ねじめさんは

 「醍醐味」

 と言われたのだと思いますが、
 まさに醍醐味、

 としかいいようのない、
 震える一瞬間。



■言葉化習慣を持っている者のみが
 味わえる感動なのかもしれません。

 組み合わせがハマると、
 突如、新しい世界に導かれる、

 のです。



■ねじめさんの素晴らしい文章や、
 紹介されている俳句を例に出して、

 こんな話をするのは恐縮だし、
 お恥ずかしい次第なのですが、


 私(鮒谷)なりの

 「思いがけない言葉と言葉が
  突然頭の中で引っ付いて、

  いい俳句が出来る瞬間の
  醍醐味」

 を味わった瞬間として挙げたい例の
 一つとしては、


 (俳句ではありませんが)

 「北斗の拳セールス」

 という造語が生まれ、


 「セールス」

 と

 「北斗の拳」

 という、まるで無縁の言葉同士が
 結びつき、

 新しいセールス概念が生まれた
 ときでありました。



■営業というビジネス上の概念と、


 「お前はもう死んでいる」

 という北斗の拳の主人公、
 ケンシロウの名言から着想を得た

 「お前はもう買っている」

 という言葉が結びつき、


 「未だ購入していないけれども、
  心の中では既に購入している」

 そんな状態を顧客の心中に
 作り出すのが真のセールスであって、


 買ってください、
 お願いします、

 を連呼するは営業でもなんでもない、
 というのは、


 2つの異なる分野の組み合わせである

 「北斗の拳セールス」

 という言葉が生まれたことによって
 (私の中で)確立された、

 営業に向き合う上での
 態度、姿勢となりました。



■以降、自分が営業するときには


 「決して売り込まず、

  いまだ購入はされていないけれども、
  内心では、既に購入を決断されている、

  そんな状態を作るには
  どうしたらよいか」


 を自問自答し、

 その問いを受けて具体的な行動計画を
 立てるようになり、


 それによって、実際に飛躍的に
 営業実績が向上することとなりました。



■こうしたことは
 他にも幾多の例があり、

 たとえば営業関連でいうならば

 「だるまさんが転んだ営業」

 という言葉を
 作ったこともありました。



■営業とは、

 お客さまの懐めがけて
 急襲するものではなく、


 「だるまさんが転んだ(チラッ)」

 (動いてないよな、、)


 「だるまさんが転んだ(チラッ)」

 (あれ、ちょっと近づいたような、
  いや、気のせいだよな)


 「だるまさんが転んだ(チラッ)」

 (最初の位置とは明らかに異なっている
  けれども動いている確証が得られない)


 「だるまさんが転んだ(チラッ)」

 (気がついたら、最初の距離と比べて
  半分くらいに詰められているような)


 <以下略>


 という形で、

 お客さまに気付かれないように
 それとなく徐々に距離を詰めていき、

 気がついたら、
 タッチされていた

 (=財布の紐を緩めてもらっていた)


 こんな風なセールスが理想だよね、
 というのが

 「だるまさんが転んだ営業」

 です。



■これも

 「営業」

 というビジネス用語と、

 「だるまさんが転んだ」

 という子供の遊びという
 異質な言葉の掛け合わせにより、


 生まれた新しい営業スタイルであり、

 この概念が確立されたことにより、
 行動が変容したわけです。



■実際、


 「北斗の拳セールス」

 「だるまさんが転んだセールス

 (関西では、
  ぼんさんが屁をこいたセールス)」


 という新概念によって、

 私(鮒谷)はそれまでと比べて、
 飛躍的に営業実績を引き上げましたが、


 私(鮒谷)にとって、
 これは言葉遊び

 (無数の言葉の中から、適切な言葉の
  組み合わせを探り当てるパズル)

 でもあり、


 いい言葉が生まれ、
 そこから新しい認識が展開されるとき、

 「醍醐味」
 「感動」

 を味わうことができるのです。



■もちろん、この話は、

 コラムの中で、ねじめさんが記されて
 いるような文学的なお話ではありませんが、

 きっとこの喜びは、深いところで
 通底しているに違いない、

 そんな風に(勝手に)
 確信しています。



■そして、ねじめさんは


 ----------------------

 俳句の何が、私をそうさせるのか
 考えてみると、俳句の不自由さがいいのだ。


 五・七・五の文字数の制約と、
 季語という縛りが、

 逆に、言葉を自由奔放に
 飛ばすことができるのだ。

 (中略)

 俳句の五・七・五の定型も季語も、
 フルスィングで言葉を遠くに飛ばすための
 バットである。

 ----------------------


 とも言われていますが、


 私(鮒谷)は

 「短い言葉を用いて
  比喩や造語を作り続ける」

 ことを自らに課しているのも、
 まさにこの理由からです。



■上手く比喩や造語を作ろうとすれば、

 必然的に分野をまたがる、短い言葉の
 組み合わせを探ることとなりますが、


 この挑戦に成功すれば、
 ときおり(まれに)

 「フルスィングによって、
  とてつもない飛距離が出る」

 ことがあるのです。



■この喜びがあるから
 私(鮒谷)は

 「比喩や造語づくりを止められない」

 のです。


 それはおそらく、ねじめさんが、

 「俳句を作るのを止められない」

 のと本質的には同じなのではないか、


 と、これまた勝手ながら、
 思い込んでいるのです。




 今日も人生とビジネスを楽しみましょう!



 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■文字数等、制約のある条件下において、    複数の言葉を組み合わることで、    想像もできなかったような、遠い世界に    持っていってもらえることがある。   ■「短い言葉×異質の組み合わせ」によって    常識の枠組みを軽々と乗り越えることが    できるのだ。   ■制約条件のもと、言葉を編む    トレーニングを重ねていくと、    一定の割合で飛距離の出る(遠い世界に    連れて行ってもらえる)、    そんな新しい言葉の組み合わせに    出会えることがあり、    そのときに震えるほどの喜びや興奮を    味わうことができるだろう。   ■一度、この喜びを知ったなら、死ぬまで    その喜びを追求せずにはいられなくなる。

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