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5916号 鮒谷が子の泣き声に「もっと泣いてもええんやで」と思うに至った背景とは


■先のメルマガでも書きましたが、

 先週から今週火曜日まで、
 沖縄に行っておりました。


 羽田-沖縄便は、

 小さなお子さん&赤ちゃんが
 乗っていることが多いのですが、


 帰りの飛行機は
 いつにも増して、

 大勢のお子さん&赤ちゃんが
 乗っておりました。



■特に飛行機が下降を始めるとき、
 いつものことながらですが、

 耳が痛むのでしょうね、

 同じタイミングで一斉に
 大勢の赤ちゃんが泣き叫びます。



■私(鮒谷)は昔から、

 こちらが求めてもいないのに
 向こうから飛び込んでくるタイプの音が、

 おそらくは平均的な人よりも
 苦手で、


 (選挙カーとか、
  ○ーニラ ○ニラ ○ーニラ求人とか)


 の、大きな音に閉口させられる
 ことが多いです。



■ところが、こと、

 赤ちゃんの泣き声については
 不思議と心が平静なまま、

 どころか、


 むしろ愛おしく、微笑ましく、

 「ええんやで、ええんやで、
  もっと泣いてもええんやで」

 という気持ちすら
 湧いてくるのです。



■これは新幹線であろうが、
 他のどんな所であろうが、

 つねに揺るがぬ気持ちであり、
 条件反射的に生まれてくる感情。



■そんな気持ちを生み出す原因にまで
 思いを致すことはありませんでしたが、

 今回、飛行機に乗っているときに
 突然、

 「ああ、そういうことだったのか」

 と分かりました。



■それは

 「子供が安心して泣ける
  =平和の証」

 と私の中で意味づけられていたから
 でありました。


 この連想があるからこそ、


 (腹立たしい気持ちになるどころか)

 こうして子どもが泣いたところで
 生命の危険のない今の時代、

 平和な時代が有り難い、


 という気持ちになるわけです。



■大げさとお思いでしょうか。


 そう思われる方はぜひ、

 新田次郎の夫、
 藤原正彦さんの母、

 である、

 藤原ていさんが書かれた


 『流れる星は生きている』


 を読んでみて下さい。



■特にお子さんのいらっしゃる、

 お父さん、お母さんには
 ぜひ読んで頂きたい。


 そうした方々にお勧めすると、
 皆さん、

 「紹介してくれてありがとう」

 とおっしゃいます(とくにお母さん)。



■私(鮒谷)の親戚に、
 シベリア抑留にあった人がおり、

 そのこともあって昔から
 満州国建国から滅亡までの歴史、


 あるいは、

 満州からの引揚者、
 シベリア抑留についての書物に、

 数多く触れてきましたが、


 特に引き揚げの際に、
 子の泣き声で敵に見つからぬよう、

 泣く泣く親が我が子を手に掛けた、

 という話をたくさん読みました。



■先に挙げた

 『流れる星は生きている』

 にも、

 逃避行の際に足手まといになった
 子どもが殺められた話、

 が出てきます。


 ※同書の内容については、
  Amazonの紹介文を転記いたします。


 (ここから)
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 内容紹介

 昭和二十年八月九日、ソ連参戦の夜、
 満州新京の観象台官舎--

 夫と引き裂かれた妻と愛児三人の、
 言語に絶する脱出行がここから始まった。

 敗戦下の悲運に耐えて生き抜いた
 一人の女性の、苦難と愛情の厳粛な記録。


 戦後空前の大ベストセラーとなり、
 夫・新田次郎氏に作家として立つことを
 決心させた、壮絶なノンフィクション。


 出版社からのコメント

 新田次郎氏の妻にして、藤原正彦氏の母で
 ある者の記した満州からの壮絶な脱出記。

 「私の原点はここにある
  私の書けない原点である」(藤原正彦氏)


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 (ここまで)


 ソ連軍を逃れ、命からがらに満州から
 日本に帰国するまでを記した物語。



■沖縄戦においても
 同様のことがありました。


 ガマ(鍾乳洞のこと、戦争時の
 避難場所に使われた)に逃げ込み、

 隠れている際に、
 赤ん坊の泣き声が敵に聞こえると、

 ここにいる
 全員の命が危ないから、


 という理由での幼児虐殺が
 あったそう。



■これまで何度も沖縄に足を運び、

 たくさんの戦跡を見る中で、
 そんな話に触れることでもまた、


 今の時代が
 いかに平和で恵まれているか、

 気付かされたものでした。



■そんな背景があるからこそ、

 (飛行機の中に限らず)
 子どもが泣き喚く声に接して、

 腹立たしく思う人も
 あるようですが、


 私(鮒谷)自身は、まったく
 そんな気持ちにはならず、

 本当に恵まれた世の中だなあ、
 幸せな時代に生きているだなあ、

 という思いを強く持ちますし、


 それゆえ

 「ええんやで、ええんやで、
  もっと泣いてもええんやで」

 という気持ちにさえなるのです。



 この気持ちがどうして生まれるか、

 過日の沖縄からの帰り便にて、
 突然、言語化されたのでありました。



■ここで話は大きく変わるのですが、

 (この話は一つの象徴的な例かも
  しれませんが)


 私たちは、
 多くの物語に触れれば触れるほど、

 自分の置かれている状況を
 客観的に、そして柔軟に、

 捉えられるように思います。



■自分から他者、
 の視点(我見)だけではなく、

 他者から自分、
 の視点(離見)、

 さらには、

 その両者を距離をおいて捉える
 視点(離見の見)、


 を持てるようになるのは、

 数多くのストーリーに
 触れるところから。



■蓄積してきた視点が乏しく、
 つねに単一の世界認識しか持てない、

 そんな人があったとしたら
 視点の転換の行いようがないので、


 硬直した、たった一つの目線からしか
 世界を捉えることはできません。



■そんな固陋、狭隘な世界観から
 自らを解放しようとするならば、

 多様な物語(人生)に積極的に
 触れる必要がありそうです。


 こうして無数の物語をストックする
 ことによって、

 状況に応じて、

 最適な世界認識
 (幸せを感じる世界認識)

 を選び取れるようになるのでは
 ないでしょうか。



■こうした調整機能を自動化された
 レベルで働かせられるまでに至れば、


 常時、世界認識の調整がなされ、
 結果として、

 自分の精神が安定したり、
 豊かさがもたらされたり、

 明日への活力を与えてもらえる
 ようになるのでは、


 と考えたりもいたします。



■つまり、

 多様な物語を持っていることは
 生きる力そのものに直結する、

 と言えるということです。



■とするならば、


 もし、ここにビジネスに携わり

 「ビジネス関連の話題や情報にしか
  興味がないし、必要もない」

 という人があるとするならば、

 (実際、ときおり、そうした
  考えの人にお会いします)


 こうした考えも
 否定はいたしませんし、

 短期的には、仕事において成果を
 出されることもあるでしょうけれども、


 この姿勢は長期的に見て、

 人生に向き合うための柔軟性が
 毀損されていくのではないか、

 と考えています。



■それゆえ、

 しなやかに、精神的安定を
 保ちながら生きていくためには、

 関心を持って多くの人の人生、生き様に
 触れるべきであると思っているし、

 個人的にもそのように
 努めてきたつもりです。



■人生において、

 過度の合理性とか、合理性とか、
 無駄を省くとか、を追求し、

 他者の物語(人生)に対する
 無関心に向かう生き方は、


 時間をかけて、じわじわと
 自らの首を締め上げていく、

 ような気がしてなりません。



■こんな話も含め、

 年間プログラムにおいては、


 「機嫌よく人生を生き、
  調子よく仕事を展開するために、

  役立つと思われる、実証済みの
  数々の意思決定基準」


 について毎月1度、
 11時間にわたってお伝えしています。


 (毎回、メルマガでお伝えしている
  一ヶ月分の情報量の100倍程度の、

  質・量のコンテンツを大量投下し、
  脳の変容と行動変化を促します)


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 <年間プログラム(会場版)の
  お申し込みはこちらから>
 https://eipo.jp/2nd-stage/seminars/view/21

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 ※分割払いを希望される方は
  ご相談下さい。




 今日も人生とビジネスを楽しみましょう!


 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■他者の多様な経験に触れるからこそ、    一つの事象に対して、柔軟なものの捉え方    ができるようになる。   ■過度に合理性、効率性を追求し、様々な。    生身の人間の生き様に無関心になれば、    多様な解釈を行う土壌が痩せていき、    頑固で硬直し、柔軟性の失われた、    世界認識しかできなくなるのではないか。   ■長い目でみると、    こうした姿勢は自らの不幸を招き入れる   (幸福を感じられない体質がもたらされる)    ような気がするが、いかがだろう。

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