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5909号 体系を隠し、流れを重視し、現場性を取り込みつつ話す


■以下、完全なる私見です。


 私(鮒谷)はこれまでに、

 数多くのセミナーや講演会に
 参加してきましたが、

 大別すると、それらは2つのタイプに
 分けられるように思われます。



■ひとつは、

 予定調和的な着地を目指して、

 「体系化された、
  教科書的コンテンツ」

 をお届けしようとして
 実施されるタイプ。



■内容はそつなく、
 洗練もされているけれど、

 逆に洗練され過ぎていて、

 (つまらない、
  とまでは言わなくとも)

 聞いている側にとって
 心躍らぬ内容であることも、

 しばしばです。



■もうひとつは、

 不真面目とまでは
 言わないにしても、

 必ずしも、厳密な体系化が
 行われているわけではなく、

 内容的には、粗削りであることも
 少なくないけれども、


 話者自身が

 (プロジェクターとか
  資料を一切、意識せずに話すので)

 話者の心が100%、
 話に乗っており、


 話し手の情動が聞き手に伝わり、
 乗り移って、

 なぜだか心を動かされ、
 行動せずにおれなくなってしまう、

 そんな届けられ方がなされる場も
 少数ながらあります。



■後者のような場は、
 たとえて言えば、

 「武者語り的な」

 といえる状況なのかもしれません。


 以下、メルマガバックナンバー

 <2444号、戦国武士の武者語り、
  現代ビジネスパーソンの武勇伝>

 より、一部引用。


 (ここから)
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■戦国時代の武士のなかでは

 「武者語り」

 という風習(習慣?)があったと
 聞いたことがあります。


 歴戦の武士が目下のものに、

 過去の戦(いくさ)において
 樹てた武勲、武功から、

 戦場において留意しなければ
 ならない点まで、

 ざっくばらんに話をする。



■そんな話を直接聞くことで
 若武者も胸を踊らせ、

 希望を膨らせ、戦場のイメージを
 沸き立たせたそうです。


 考えてみると、こういうことは
 ビジネスの世界でもありますね。

 かつて手がけた大きな仕事や、
 成功させたプロジェクトなどを、

 先輩が得々と

 (多少、誇張したりしながら 笑)

 後輩に語って聞かせる場面とか。



■それはともかくとして、


 武者語りとはすなわち、

 「教訓」(成功パターン)

 と

 「物語、歴史、背景、事例、
  事件、出来事、エピソード」

 をセットで伝えている行為に
 他ならないのではないか、


 ということに、
 ハタと思い当たりました。



■だからこそ、

 戦国時代の武士もそうだったし、

 今の時代であれば、

 先輩ビジネスパーソンからの話や
 自伝・評伝といったものは


 【臨場感伴う実体験】

 と

 【そこから得られた
  エッセンス(教訓) 】


 がセットになっているからこそ、

 聞き手は当事者意識を持ち、
 心震わせつつ、

 教訓を受け止めることができる。


 その価値たるや、

 金銭などには替えられない
 価値がある、

 と私(鮒谷)には思えます。


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 (ここまで)



■じつは私(鮒谷)は、

 セミナーや講演といった場では、
 できるだけ後者の形

 (荒削りでもいい、
  一人称で語られ、感情が動く話)

 として敢えて意図して、
 お伝えしております。



■なぜかというと、

 行動は感情が動くことによってしか
 生じず、

 行動なくして人生やビジネス、
 生活の好転は望めないからです。



■どれだけ網羅的に正しいことが
 教科書的な学びとして伝えられても、

 心が震えず、
 動く気にならない、

 といった話であれば、

 極端な話、伝えたところで
 聞き手は動かないのだから意味がない、

 とすら思っているのです。



■特に今の時代、

 コンテンツの精緻な体系や
 無謬性が尊ばれる、

 そんな流れになっているようにも
 感じられ、


 過度に論理性が求められる
 社会であるがゆえに、

 「粗削りだけども、
  心を揺さぶられる」

 コンテンツを提供する勇気を
 持つ人の比率が少なくなっている、

 ようにも思われます。



■とするならば、


 世の中には、

 体系化された学びを
 大量に提供されるよりも、


 荒削りでもいい、
 心、動かされるコンテンツを、

 という潜在ニーズが存在し、

 両者の需給ギャップは
 拡大の一途を辿っているのでは、


 そんな仮説を持っているのです。



■そういった意味で、


 先年、お亡くなりになられた、
 上田惇生先生

 (ドラッカー著作のほぼ全てを
  翻訳なされた方です)

 とは、

 何度か幹事を務めていた勉強会に
 お招きし、

 ご講演頂いたことがあるのですが、


 それはそれは、
 聴衆をひきつけてやまない、

 素晴らしい話をされる方で
 ありました。



■プロジェクターを用いず、
 資料も配布されず、

 手ぶらで聴衆の前に出ていかれ、

 (既にご高齢でしたので、
  ゆっくり、ゆっくりと登壇なされ)


 「えーーーと、今日は
  何の話をしましょうかねえ」

 という、

 これまたゆっくりとした
 冒頭のご挨拶。



■その後、

 昨今の話題に数分触れる頃から
 上田先生ご自身の感情スイッチが入り、


 やがて、

 思いつくまま、気の向くままに、
 息をつかせぬ縦横無尽の話を、

 熱く、情熱的に展開され、

 それを60分間、
 休みなく続けられた後、


 急にスイッチが切れたようになり、

 「時間となったようですね。
  これで失礼します」

 と退出されて、
 あとには大きな余韻だけが残る、

 そんなご講演でありました。



■これこそが

 少なくとも表面上は
 体系化がなされていないけれども、

 人の心を打ち、
 行動せずにはおれなくなる、

 そんな伝え方ではなかったかと
 思うのです。



■そのご講演に触れて、

 今の私(鮒谷)の、
 話し手としてのスタイルに、

 大きな影響が与えられたのは
 間違いありません。



■そもそも、本来、
 人前で話をする目的は


 (自分の頭の良さを
  誇示するためではなく)


 「聴衆に変わってもらいたい
  (=行動してもらいたい)」

 であるわけですから、


 もしも

 「正しい話し方」

 といったものがあるとするならば、

 それはむしろ上田先生のような
 話し方ではなかろうか、

 と思ったものでありました。



■こうした上田先生の話し方を
 思い返すたび、


 教授法について
 深く思索し続けられた、

 駿台英語講師であった
 故・伊藤和夫先生の、


 以下の言葉に通底するものを
 感じます。


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 『ビジュアル英文解釈』における転換とは、
 つきつめて言えば、次の点にあった。

 1. 「体系」を隠すこと
 2. 「構造」よりも「流れ」を重視すること
 3. 「現場性」の取り込み

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■今の時代に求められるのは、

 心震わせ、身体を動かし、対象に
 エネルギーを投入せずにはおれなくなる、

 そんな熱量をもたらしてくれる
 コンテンツであり話法ではないか、

 と思いますし、

 そのヒントが上記、三項目に
 含まれているように思われます。



■そんな経験から来る考えのもと、

 私(鮒谷)自身も、現在、それが
 できているかどうかはさておき、


 これからも以上のような点を
 発信において心掛け、

 聞き手の心を揺り動かし、
 行動が促される

 「武者語り」

 を行っていくつもりです。




 今日も人生とビジネスを楽しみましょう!


 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■講演には大別すると、    完全に体系化された予定調和的な内容と、    多少粗削りであっても、    心が揺り動かされる内容とがある。   ■もし、あなたが何かを伝える(もしくは、    伝えたい)人であるならば、    後者のスタンスを選択することを    検討してみても良いのではないか。   ■心が震えることで行動が生じ、    行動によってのみしか、    人生やビジネス等は    好転しないからである。   ■現代においては、    精緻な体系や無謬性が    重視、強調されるが故に、    過度に洗練され、無味乾燥に感じられる    コンテンツが増えているが、    それゆえにむしろ、感情を動かす話者に    対する需要は高まっているのではないか。   ■「(論理以上に)聞き手の感情を意識した    語り」はもう少し重んじられても良い。

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