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5892号 600文字トレーニング、からの3,000文字トレーニング


■頭の中の整理がつかず、
 もやもやとして、

 その状態に気持ち悪さを感じて
 なんとかしたいと思うのなら、

 ある程度、まとまった分量の
 文章を書くことが効果的。



■昔と違って、

 今はこちらから求めなくても
 大量の情報が届けられますから、


 量を入力するよりも
 むしろ、

 質の高いインプットの
 歩留まりをいかに高めるか、


 さらに、

 そのインプットをどうやって
 人生や生活の質の向上につなげるか、

 のほうが、はるか重要に
 なってきています。



■たとえていうならば、


 昔は、食料がそこまで潤沢には
 なかったので、

 あるものをすべて食べ、

 食べたものは全てきれいに消化し、
 排泄されていたけれども、


 今は、食べても食べても
 さらに口に食料を突っ込まれ、

 にもかかわらず、

 消化が追いつかず、
 便秘になって排泄もしきれず、

 つねにお腹が張って
 パンパンの状態で気持ち悪い、


 と言えるのではないでしょうか。



■そんな状態にあってもなお、

 なんとなく、勉強になった、
 という気持ちにさせてくれる

 「(波及効果の低い)
  有益と思われる情報」

 をさらに追加して学ぼうとする
 必要はあるのでしょうか、

 と問題提起したいのです。



■既にお腹はいっぱいで、

 これ以上は消化も排泄も
 間に合わず、

 食べても栄養素に変えることも
 できないのに、


 「口寂しいから」

 イコール

 「お勉強」は
 役に立つと信じているから、


 という、ただそれだけの理由で、

 なお食べようとして、
 自分で自分を苦しめている状態、

 に少なからぬ人が置かれている
 のではと思うのです。



■果たして、

 こんな姿が情報過多の時代における
 正しい振る舞いといえるでしょうか。


 さんざん「お勉強」してきて、

 人生や生活に喜びを
 覚えられていないのなら、

 お勉強の内容や、やり方に
 疑問を持つべきなのではないでしょうか。



■もちろん

 (以下、比喩的な意味で)

 生命活動を維持するため、

 「一定の質・量を満たす食事」

 を摂ることは大切ですが、


 その量をはるかに超えて
 食べすぎていることを自覚したら、

 摂取ではなく、消化や排泄の側を、
 より強く意識すべきだと考えます。



■インプットを意図的に

 「必要十分の、
  高品質な一定量までとする」

 と決めた上で、
 適性な量の入力情報に触れ、


 そこでもし、
 良い考えやアイデアが浮かんだら、

 そこで一歩立ち止まって、
 頭の中を整理し、秩序立て、

 行動に移すことだけに
 フォーカスしなければなりません。



■この「小休止」を行わず、

 せっかくの思考やアイデアを
 咀嚼することなく、


 じゃぶじゃぶと、さらなる新しい
 (雑多な)情報を入力するから、

 整理し、秩序立てる時間も取れず、
 頭の中がますますカオス化するのです。



■人間、

 一定時間、起きて活動したら、
 必ず睡眠を取り、回復を求めるよう、

 身体が自動調整してくれますが、


 ことインプットにおいては、
 こうした自動調整機構は働かず、

 インプット、
 さらにインプット、

 ますますインプット、
 これでもかとインプット、、、

 と、

 処理能力を超えて、発狂しそうに
 なるまで入力を続けるから、


 消化も排泄も、
 整理も整頓も行われず、

 脳内がカオス状態となり、
 それゆえ方向性も定まらず、

 その状態そのものが
 ストレスとなり、

 精神と肉体が蝕まれることと
 なるのです。



■その状態を回避する特効薬として、


 今、頭の中にあることを、
 他者に読んでもらい、

 一定の共感や、納得や理解を
 得て頂けるくらいの水準で、

 文章化して、書き上げることを
 お勧めいたします。



■文字数としては、

 最低、500ないし600文字から
 始めて、

 慣れてくれば、
 数千文字くらいまで目指したい。



■500~600文字程度であれば、

 具体的な事例を省き、
 思考の骨格を記述する

 (具体性や表現の面は
  疎かになりがちだが目を瞑る)

 文章執筆の筋トレが行えます。



■こうしたトレーニングを重ねて、
 筋力がついてきて、

 やがて3,000文字程度の文章を
 苦もなく書けるようになれば、


 具体的な出来事を細部にわたり、
 触れることもできるのでにまで

 「抽象と具体の往還が可能になり
  (論理構造を作れる)、

  さらに表現力のトレーニングも
  実現される」

 というのが、
 私の持っている感覚です。



■ここまでいくと、

 日々の学びや、漠然と感じた思いや、
 体験を、


 ひとまとまりの経験として

 「自身の過去・現在・未来へと
  つながる文脈」

 に編み込めるようになるでしょう。



■この編み込みの感覚は、


 日々の学びや思考や行動に
 一切の無駄がなくなり、

 さらには一定の秩序のものに
 自身の文脈に組み込まれていく、


 という成長や整理の喜びが
 伴うものなので、

 ここにおいて冒頭に記したような、


 「頭の中の整理がつかず、
  もやもやとして、

  その状態に気持ち悪さを感じ、
  しかも日々の成長実感もない」


 という感覚から脱却できるように
 なるはずです。



■こうした文章を書けるようになれば、

 毎日、書くことが楽しく、やりがいや
 喜びを覚えられるようになります。


 この状態に入ったら、
 記述した内容を復習しなければ、

 みたいな脅迫観念は捨て、

 書いた内容を忘れることに対して
 自分への許しを与えてみて下さい。



■忘れてもいいと思っても、

 それなりの長文を書くには、
 それなりの認知能力が要求されるので、


 その負荷が記憶への定着を促し、

 忘れてもいいという許しを
 自身に与えているので、

 一切のストレスも
 かかっていないけれども、


 にもかかわらず、
 簡単に忘れることはなくなり、

 結果として、

 「ストレスフリーであるにも
  かかわらず、

  学びや体験の歩留まりが
  劇的に向上する」

 こととなるのです。



■日記習慣を持つ人は、

 それが習慣化されているがゆえに、
 ほとんど無意識、無自覚、日常的に、

 ストレスを感じることなく

 「劇的に向上した、学びや体験の
  歩留まりのメリット」

 を享受することとなるのです。



■ほとんどの人は、こうした
 日記習慣を持たないものですが、


 (特に数千文字の日記を日常的に
  記し続けている人は、

  1000人に一人もいないのでは
  ないでしょうか)


 継続している人は、

 時間の経過とともに
 地力をつけていけるようになる、

 と確信しています。



■この習慣を続けるためには、

 書くという営みに対する好き嫌いも
 あるし、執筆時間の制限等々、

 さまざまな制約もあるので
 数は限られますが、


 実際に、お客さまの中でこうした
 習慣を身につけられた方は、

 劇的に変化・変容を遂げられているのが
 傍から見ていても明確にわかります。



■ここまでの文章で

 3,000文字強(正確には3,145文字)
 となりますが、


 こうした文章を綴ることによって
 漠然と認識していた、

 「体験や思考を記述することによる
  歩留まりのメカニズム」

 が、

 私(鮒谷)の中で、
 より明確化されたこととなります。



■さらに続けます。


 (書くのではなく)話すことを通して、
 何かを伝えようとする際には、

 案外、簡単に

 「論理の構造をごまかす」

 ことができるもの。



■私(鮒谷)は、

 人前で話をする機会が
 頻繁にありますが、


 話をしているときに、

 自分の中でも、しっかりと整理を
 つけられていない内容については

 「あ、ここ、
  ちょっと誤魔化している」

 と自分でハッキリ分かります。



■ここで怖いのが、

 無理矢理感のある
 論理展開であったとしても、

 聞かれている方のほとんどには、
 その事実を気づかれないこと。


 話はすぐに流れていくし、
 巻き戻しもできないので、

 聞いているときには
 それらしく聞けても、

 文字を起こして読んでみたら散々、

 ということが、
 結構あるのです。



■こうした

 「雰囲気話法」

 でもって、


 他者を誤魔化し、
 自分を誤魔化すことに
 慣れてしまうと、


 何かを伝える際に

 「だいたいの理解でも
  まあ、誤魔化せるし」

 という心的状況のまま、
 やり過ごすようになります。



■それでは一向に
 思索が深まらないし、

 いざ、何かを伝えようと思っても
 的確な言葉も出てこず、

 伝えたいことを説得力を持って
 他者に訴えかけることもできません。



■話中心の生活をしているうちに
 知らず知らず、

 こうした状態にはまり込むのが
 個人的には恐ろしい。


 日常的に文章を書いていると

 「書くのと話をするのとは
  全く異なる」

 と理解できるし、


 同時に

 「書ける話は、
  話もできるけれども、

  話せるからといって
  書けるとは限らない」


 あるいは

 「漫然と、それらしき話を
  することができるのと、

  説得力を持って話をしたり、
  書いたりするのとはまるで別」

 ということも分かるようになるので、

 「書く習慣を失う恐怖」

 を感じられるようにすら
 なるものです。



■こうした感覚を持てるようになれば、

 「完全に書く習慣が定着した」

 ということになりますから、


 生きているだけで
 (そして日記を書き続けるだけで)

 自動的に
 脳内が整理整頓されていき、

 それに伴って、
 説得力のある話ができるし、

 文章をかけるようにもなるでしょう。



■一度、身につけたこの習慣と、書く力は
 永遠に失われることはありません。

 あとは時間を味方につけて、
 書き続けるほどに

 雪だるま式に、大きな有形・無形の
 リターンをもたらし続けてくれるはず。



■私(鮒谷)は、

 20年ほどの間、毎日10,000文字
 程度の文章を書き続けてきて、

 確信を持って、
 このことを断言できるのです。


     (ここまで4,535文字)




 今日も人生とビジネスを楽しみましょう!


 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■文章を書くことで頭の中が整理され、    秩序だっていくこととなる。   ■脳内のモヤモヤ感(カオス状態)が    なくなり、思索が明瞭化され、    自身の過去・現在・未来が統合されていく    感覚すら覚えるようになるのである。   ■インプットしたら咀嚼する、その上で    行動に移すことによって、    説得力のある発信(話も文章も)をできる    ようになり、成果も出せるようになる。   ■なにより自分の一貫性を感じられるように    なり、幸福感が高まるのが一番の価値。

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