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5866号 贅沢は、すればするほど不安が募るもの


■ご存知の方は
 ご存知だと思うのですが、

 私(鮒谷)には

 「物欲」

 がほとんどありません。



■物に対する欲望ということでいえば、


 蒐集癖もないし、

 いい服を着たい、
 格好いい時計をしたい、

 いい車に乗りたい、
 高級住宅地のでかい家に住みたい、


 といった気持ちも

 「ゼロ」

 といっていいでしょう。



■物ではありませんが、
 食事にもこだわりはないし、


 たとえ贅沢しようと思っても

 「贅沢に何かを買う、する」

 という具体的なイメージが
 まるで思い浮かばないので、


 結果として

 「ほとんどお金を使わない」

 という状況が長年続いています。



■とはいえ、


 都内の移動は
 ほぼタクシーですし、

 会食する際には、相応の請求が来る
 食事をすることもありますし、


 それなりのクラスのホテルで
 セミナーを開くこともあれば、

 高額なセミナーに参加したり、
 大した吟味もせず、書籍を購入したり、


 ということもあるので、

 そうした意味では、
 まったくお金を使わない、

 ということでもありません。



■ただ、これらの消費は、

 私(鮒谷)にとっては
 ほぼすべて

 「投資の意味合い」

 での消費であって、

 贅沢しているという感覚は
 まったくありません。



■原則、タクシーしか使わないのは
 時間を有効に活用したいためだし、


 会食するときに、
 貧相なお店にお連れするのは、

 お客さんに対して失礼、
 とまでは言わないにせよ、

 喜んで頂く、という精神からは
 少し離れてしまいます。



■セミナー開催は仕事だし、

 セミナー参加や書籍購入も
 仕事の準備であるわけですから、


 世間一般的に思われているような
 意味で、

 「個人の趣味、道楽」

 といえる出費は、
 ほぼゼロと言えるでしょう。



■ときに

 「派手に、パーッと
  散財したいなあ」

 と思うことも
 ないわけではありませんが、


 思ったところで、
 肝心の散財対象(?)が思い浮かばず、

 結局、僅かなお小遣いだけで
 日常の生活をつつがなく送っております。



■ただ、こうした毎日を過ごす中で
 思うことがあるのです。


 その昔、私(鮒谷)は、
 本当に貧乏だったのですが、

 そのときは給料日の前日になると

 (ATMは1000円単位で下ろせるので)

 つねに残高は、
 その下のケタの

 「832円」
 「564円」

 みたいな状況が続いておりました。



■実はその頃と、

 お金の使い方(生活水準)自体は
 大して変わっていないのですが、

 そのときは

 「半端ないお金のストレス」

 があったのです。



■今から考えると、それは


 ------------------------

 1、なにか起きれば
   人生や生活が即座に詰む

 2、今、具体的に欲しい物がなくても
   欲しいと思えるものが出てきた時、
   それを購入するための資力がない

 ------------------------


 という不安と不満からくる
 ストレスでありました。



■それが今はどうかというと、


 (たくさん投資を失敗したり、
  騙されたりして、

  長年、商売をしてきた割に
  大した資産もありませんが)


 それでも、

 「月末に残高が数百円とか数千円」

 という状態からは、

 おかげさまで、なんとか
 脱することができました。



■とはいえ、繰り返しますが、


 生活の水準自体は

 当時より、ほんの少しは向上したかも
 しれませんが、


 それでも現状、

 世の中のちょっとイケてる
 サラリーマンと比べても、

 相当、貧相な生活をしているのでは、

 と思われることもしばしばです。



■特に


 ------------------------

 車を持っていない、
 持ち家でない(借家ぐらし)

 高価な服とかスーツとか持っていない、
 おしゃれなバーとか行かない、知らない

 高価な酒とか飲まない
 (てか、銘柄も分からない)

 おしゃれな(=金のかかる)
 趣味はまるでない、

 お金のかかるオタク的な趣味も
 持ち合わせていない

 ------------------------


 あたりのところとか。



■でも、

 昔のカネのなかった時代と
 比べて、

 「安心感、満足感(自由を感じる)」

 といった感情面においては、
 格段の違いがあるのです。



■それはやはり

 (きれいごとを抜きにして
  いってしまうと)

 「経済的な自立を果たすことが
  できたから」

 であることが
 大きいように思います。



■さらにいうと、

 今、手元にある、通帳等を見たら
 (あるいはログインしたら)

 目に見える資産、


 と、

 可視化されることはないけれども、

 お金を作ろうと思ったら、
 いつでも自由に作ることができる、

 という目に見えない資産、


 この両者が安定的な精神を
 もたらしてくれているように思います。



■恒産なくして恒心なし、

 (物質面の安定が、
  精神面の安定を支えてくれる)

 という言葉がありますが、
 これはやっぱりその通りだと思います。



■目に見える生活自体は、

 そんな贅沢なものでなくても、
 精神的なゆとりを得るためには、


 一定の有形資産、無形資産
 (特に前者を生み出す源となる後者)

 を積み上げておく必要がある、

 ということではないでしょうか。



■反対に、

 目に見える生活を
 いくら豪奢にしたところで、

 ほんの一瞬、他人に対する優越感を
 感じるくらいのことはあるかもしれませんが、


 そんなものにしか幸福感を
 感じられないとするならば、

 その後も、ひたすら他者との

 「贅沢マウンティング合戦」

 という、

 下らぬ、不毛な、キリのない
 戦いに身を投じることとなり、


 結局は精神の安寧を損ねることに
 なりはしないでしょうか。



■であるならば、

 基本的には自分に
 贅沢を覚え込ませることは控え

 「赤貧生活に毛の生えた」

 くらいの生活を標準とし、


 (とはいえ、
  それだけだと息が詰まるので
  ときに多少の気分転換の浪費を行い)

 再び

 「赤貧生活に毛の生えた」

 くらいの生活に戻り、


 そうしている間に、

 すこしづつ蓄積されていく
 有形資産、ならびに無形資産の増加に、

 喜びを覚えるほうが、

 健全な生活を長続きさせられるのでは、
 と思っている次第なのです。



■そうすれば

 ------------------------

 1、なにか起きれば
   人生や生活が即座に詰む

 2、今、具体的に欲しい物がなくても
   欲しいと思えるものが出てきた時、
   それを購入するための資力がない

 ------------------------

 というストレスがなくなり、


 ------------------------

 1、なにか起きても
   基本的にはやり過ごせる

 2、今、具体的に欲しい物がなくても
   欲しいと思えるものが出てきた時、
   自由にそれを購入できる

 ------------------------

 という精神的な平穏と自由が
 手に入るようになるでしょう。



■そんなわけで、

 【外から見える贅沢】

 にはなんの興味も関心も
 ないのですが、


 むしろ、そうした
 (枯れた?)精神によって、

 毎朝、起きるたび、
 ささやかな幸せを感じられる、

 という毎日を過ごさせて
 もらえるようになりました。




 今日も人生とビジネスを楽しみましょう!


 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■目に見える贅沢は幸福感に大きな影響を    及ぼさない。   ■表面的には質素な生活をしていても、    内側に有形資産&無形資産を蓄積して    いれば、他人からどう思われようが、    精神の安定性や満足度がどんどん    高まっていくこととなる。   ■他人の目を意識しての消費を行ったり、    驕奢に走るのではなく、    地に足つけて、目立たず、地道に、    生活の安定(ひいては精神の安定)を、    求める毎日を過ごしてみてはどうか。

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