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5634号 「放談会」の名称をつけた理由&「私(鮒谷)」と書く理由


■このメルマガをお読み下さっている
 方の中には、

 「不特定多数(あるいは特定少数)の方に
  コンテンツを発信し、ビジネスをしている」

 そんな方も少なからず、
 いらっしゃることと思います。



■そんな方にお伝えしたいのが

 【精製されすぎたコンテンツには
  難がある(?)】

 という話。


 理想を追求する、
 コンテンツ提供者の側としてはつい、

 完全無欠で、
 具体例を可能な限り少なくした

 【方程式、公式的なるもの
  (=意志決定基準)】

 をお届けしたくなるもの。


 方程式、公式は抽象度の高いものであり、

 それゆえ、応用範囲が広く、
 汎用性も高くなるからです。



■しかし、

 「方程式、公式的なるもの」

 を追求し、

 あまりにコンテンツを精製し過ぎると、
 受け手の側が退屈し、

 受け取りを拒絶されることすら
 あるものです。



■私(鮒谷)の

 「放談」

 をお聴き下さった方は
 きっとお分かりの通り、


 たとえば私が

 「コミュニケーションで最も大切なのは、
  目の前の人に『気を入れて』接すること」

 という

 「方程式、公式的なるもの」

 をお伝えしようとしたときに、


 この大切なルールを言葉として伝えるのに
 用いる時間が、仮に10秒だとしたら、

 この10秒で伝えた重要な公式を、

 ときに30分、1時間ほども、超・具体的な
 事例や失敗談などを大量に交えながら、

 詳しく説明するわけです。

 (これこそが余談、放談となるわけですが)



■一見、冗長に思われるかもしれませんね。

 「一番キモとなる10秒のところだけ
  伝えてくれればいいし、

  余談、放談など時間のムダ」

 と考える人もあるでしょう。

 しかし、それではダメなのです。



■なぜならば

 【知識を得るのと、
  行動するのは全く別物】

 だからです。


 知識を学びたいのであれば

 どこか他のところに行かれたらいいし、
 行ってくれ、

 と私(鮒谷)は思っています。



■私がコミットしているのは、

 【お客さまが学ばれた知識を、
  行動へと昇華させるお手伝い】

 ですから、


 知識を渡してハイ終わり、
 ではなく、

 【感情誘発&超・具体的な事例や方法論を
  お渡しし、実際に動いてもらう】

 ところまでいって、
 初めて仕事は完結するのです。



■とするならば、

 「超・具体的な事例や方法論」

 が省略されたコンテンツは、

 「コンテンツとしては美しい」

 わけですが、


 私(鮒谷)にとって、それは

 「サプリ的な精製
  (野菜と違って吸収率が高くない)」

 のように思われます。



■成分の組成としては完全無欠?
 なのかもしれませんが、

 行動に誘発されなければ
 何の意味もありません。


 行動誘発は

 「生々しい成功&失敗談」

 から掻き立てられるもの、と
 信じているがゆえに、

 【余談・放談を省いてのコンテンツ発信など
  私(鮒谷)には、とても考えられない】

 のです。



■あるいは、
 例として適当かどうか分かりませんが、

 私(鮒谷)は中学、高校の頃、

 日本史・世界史の教科書は
 興味をそそる対象ではありませんでした。


 なぜならそれは、

 歴史の流れを高い次元から俯瞰した形で
 編集、記述されたものである、

 ように思われたから。



■ところが反対に、

 資料集(だけ)は、ボロボロになるほど
 読み込んだものでした。


 資料集には

 (教科書にはない)

 具体的な面白い、あるいは関心を惹く
 エピソードがふんだんに盛り込まれ、

 さらに写真や地図、グラフ等、
 具体的にイメージを励起する素材が、

 大量に掲載されていたからで
 ありました。



■私(鮒谷)のような人間にとっては、

 具体例があるから面白く、そこから
 抽象の世界に導かれることはあっても、

 いきなり「抽象の世界」を示されて、
 そこに興味を持て、

 といわれても、
 それは土台、無理なこと。



■私(鮒谷)に限らず、

 【抽象世界に入る前に、まず具体から】

 という人は、
 少なからずあるのではないでしょうか。


 というよりもむしろ、そうした人のほうが
 一般的であるように思われます。



■ところが、

 コンテンツを提供する側は、往々にして
 受け手側の興味・関心には無頓着で、

 (面白おかしい具体事例を省いて、
  あるいは極小化して)

 「正しい公式」

 のみを渡せば、それで事足れり、
 あとの応用はそっちでやって、

 と思ってしまったりすることも
 あるようです。

 (私もそのように思っていた時期がありました)



■ひょっとすると


 「不純物(具体事例)を盛り沢山にし過ぎると、
  発信者として頭が良くないように思われる」

 「もっとシンプルに公式、構造だけを
  伝えたほうが賢く見えるかも」


 といった側面があるからかもしれません。



■でも、違うんですよね。


 厳しい言い方をするならば、
 そうした姿勢は

 【伝達者側の傲慢、あるいは怠慢】

 であると今は思っています。



■ここに薬効のある薬があったとして、

 「良い薬だから飲め」

 と言っても、

 その薬が苦くて飲めなければ、
 効果効能を発揮することはありません。


 つまり、

 いくら良い薬(方法論)があっても、

 その薬を飲みやすくするための
 糖衣(具体例)がなければ、

 飲み下せない、

 という話。



■こんなことを私(鮒谷)が
 考えるようになったのは、


 「素晴らしく立派で役に立つ(であろう)、

  賢い人が読みそうな書籍、あるいは
  賢い人が聴きそうなセミナー」

 に触れても、


 「私(鮒谷)自身、一向に心に刺さらず、
  気持ちも動かない」

 そんな経験を何度も何度も、何度も何度も、
 繰り返してきたからです。



■頭のいい人が

 【100%、精製しきったコンテンツ】

 は、

 (きっと頭のいい人には
  向いているのでしょうけれども)

 私なんかからすれば

 「ただ、眠りを誘うだけのコンテンツ」

 に過ぎませんでした。



■反対に、


 「最も大事な話は全体の1%しか
  含有されていない。

  けれども、その話を敷衍するための、
  面白おかしく、聞き耳を立てずにはいられない、

  99%が余談、放談のコンテンツ」


 は不思議と、

 興奮や感動とともに、身体を突き動かされる
 ような衝動を与えてくれるものでした。



■こうした経験を重ねて、あるとき

 「!!!!」

 と閃きが生じたのです。


 「あ、そうか、

  提供コンテンツはコア部分が1%、

  それを受け取ってもらうための
  余談、放談が99%、

  これでいいんだ」


 というよりも、むしろ、


 「そうした話でなければ、

  受け手側の心には刺さらず、
  受け取ってももらえず、

  さらには行動してもらうことなど
  できるはずもない」


 と気づいた瞬間でありました。



■そこから、


 コンテンツを伝えようとする者は、

 「私」が当事者として関わった事例、

 あるいは、

 自分のお客さんや身近な人が
 実際に関わった事例を、

 ふんだんに話の中に盛り込む必要があるし、


 さらに加えて、

 (私自身、
  周囲の人間ではないけれども)

 各種メディア等を通して知りえた、
 見ず知らずの、

 しかし、興味深い事例等を通して、
 興味を引き付け、そこから

 「(本当に伝えたい)方程式、公式」

 へと導いていく事例を増やし、
 適切な場面で適切に語る(余談、放談する)、

 そんな手腕を持つことが要求されるのでは
 と思うようにもなりました。



■こうした背景があって、

 私(鮒谷)は、
 自身のコンテンツ提供の場を

 「放談会」

 と名付けたわけですし、

 (適当に名付けたのではなく、格好良くいえば
  背後に「思想」があるわけです)


 日々のメルマガで

 「私は」

 と記述するのではなく、ことさらに

 「私(鮒谷)は」

 と、私の名前を埋め込んでいるのも、
 自己顕示欲からではなく、


 「以下は、『私(鮒谷)』の事例ですよ、
  鮒谷が見聞きしたり、経験したことですよ」

 という、

 それ以降に記す個人的文脈を含んだコンテンツに
 興味・関心を示してもらうための布石、

 として用いることが
 目的であったりするのです。



■こうして試行錯誤を重ねながら
 ようやく分かった、


 読み手、聞き手にとって
 最も高い効果が見込める

 【抽象(教訓・公式・方程式)と
  具体(エピソード、事例、余談)の最適比率】

 は

 【1対9、さらには1対99】

 くらいでありました。


 (これくらいの比率を心がけるようになって
  「お客さまの声」を多数、頂けるようになりました)



■こうしたことを意識して話を進めることで、
 受け手は聞き耳を持ってくださるし、

 逆に言うと、

 これ以上、抽象(教訓・公式・方程式)の
 含有比率をこれ以上高めると、

 話そのものが急速に
 つまらなくなってしまうのです。



■ですから、

 (書く際には冗長になりすぎるので
  具体例の数を敢えて控えることもありますが)、

 特に「語りの場」においては、
 膨大なボリュームの具体事例を出すことで、

 「伝えたい事を深いところで理解してもらい、
  さらには行動実践していただける」

 ことを、コンテンツ提供者は意識されると
 良いのではないでしょうか。



■そのためには、

 (もし、あなたがコンテンツ提供者として
  生きていこうとするのなら)

 自分ではすでに十分に理解している
 「方程式・意思決定基準」であったとしても、


 それを人さまに伝え、
 さらには行動してもらうためには、

 自他の豊富な事例を収集し、
 コンテンツに組み込み、

 圧倒的な量で提供できるようになれるよう、
 自らを追い込み続ける必要があるのです。



■私(鮒谷)が

 (効率が悪いといえば、ビジネスにおいて
  これ以上、効率が悪いものもない)

 「個別コンサル」

 を少なくともこれまではゼロにしてこなかった
 主たる理由は、

 実にここにあるのです。



■「現場」に居続けることによってしか

 【共感や納得や説得力を生み出す事例】

 は集まってこないから。


 これくらいの意識を持って
 取り組むことによって、ようやく

 【コンテンツ提供の世界における
  プロフェッショナル】

 として認知される入り口に立てるのでは
 ないでしょうか。



■重ねてお伝えしますが、

 「伝達者はただ、伝えたい事を
  伝えればよい」

 のではなく、


 「受け取ってもらうために、
  さらには動いてもらうためには、

  何をどのように伝えればいいのか」

 について強い関心を持つべきだし、


 そのためには既に
 自分が良く分かっていることであっても、

 それを補完し、補強する無数の事例を
 引き続き、集め続ける心構え、

 ならびにシステムを準備しておく必要が
 あるということです。



■ときおり、


 「あなた(鮒谷)の話は放談ではあるけれど、
  思わず知らず、引き込まれてしまい、

  結果として放談の中に含まれていた
  エッセンス(方程式・意志決定基準)が浸透し、

  気が付いたら日常生活の中で
  意識せずにそれを行うようになっていた」


 と仰ってくださる方がありますが、

 ひょっとすると、ここまでに記したような
 心掛けが功を奏しているのかもしれません。


 知らんけど。



■ここまでお読みくださり、

 「ほとんどが放談の、放談会」

 について気になられた方は、
 ぜひお求めの上、聴いてみて下さい。


 音源のお申込みは下記よりどうぞ。

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 【鮒谷周史の、圧巻!
  「題名のない放談会(質疑応答編)」】


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 今日も人生とビジネスを楽しみましょう!


 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■コンテンツを提供する者が意識したいのは    【精製されすぎたコンテンツには     難がある(?)】    ということだ。   ■あまりに精製された情報は    いわば、教科書のようなものであり、    無味乾燥となりがちで、    いかに有益なものであっても    関心を示してもらえるとは限らない。   ■それゆえ、具体的な事例やエピソードで    耳目を集め、    そこから抽象の世界に導く、という    段階を経る形にした方が効果的。   ■いうなれば、内服薬と同じで、    「公式、方程式、教訓、意志決定基準」    といった抽象的な概念を、    具体例という糖衣に包み、    飲みやすく(インプットしやすく)    加工することは、    情報発信者に要求される能力の    重要な一つといえるだろう。   ■だからこそ、もし、あなたが情報発信で    成果を上げようと思うならば、    常日頃において、伝え方について、    弛まぬ改善を行い、    同時に、自身が持っている知見を    補完、補強するような、    具体個別事例の大量収集を心掛けるべき。

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