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5619号 「マウンティング」という不毛な営みから距離を置け


■世の中において

 「マウンティング合戦」

 ほど無駄で、不毛で、
 人を消耗させるものはない、

 と考えています。



■マウンティングとは、

 自分が相手よりも優位な立場にあることを
 分からせるための態度を取ったり、
 示威行為を行ったり、

 といったことを意味する言葉です。



■小中学生の社会においては
 たいていの場合、分かりやすい形で、

 (親の職業とか、家が金持ちかどうかとか、
  住んでいる家のデカさとか、とかで)

 相手に乗りにかかるし、


 大人になってからであれば、

 (一部、例外もあり、
  あからさまに態度で表す人もありますが)

 少し頭のいい人や常識をわきまえた人ならば
 いかにエレガントに

 (自慢していないように見せかけながら)

 マウンティングするか、

 が課題になったりするものです。



■霊長類の本能、
 とでもいうべきものでしょうから、

 これをなくすことはできないにせよ、


 ▼学歴とか、勤務先企業のブランドとか、
  規模とか、年収とか、肩書とか、役職とか

 ▼分譲とか賃貸とか、
  マンションの高層か低層かとか

 ▼どんな車に乗っているとか

 ▼どんな服装を着て、どんな時計や
  アクセサリーを身につけているとか

 ▼結婚しているとかしていないとか、
  子どもがいるとかいないとか

 ▼子どもの成績がいいとか悪いとか、
  どんな学校に通っているとかいないとか


 こんなこと(装飾や記号のようなもの)を
 意識して生きては疲弊するなど、

 実にくだらないし、愚の骨頂であるとすら
 思っています。



■正直、私(鮒谷)は、
 上に羅列したようなことはどうでもよく、


 企業規模とか全く気にならないし、
 (私自身、吹けば飛ぶような零細企業経営者)、

 役職こそ代表取締役であっても、
 「有限会社」の経営者であったり、

 港区在住でもなければ、
 タワマン住まいでもなく、

 借家住まいで、
 車も持っていないし(乗れないし)、

 (夏用と冬用の、それなりのスーツだけは
  一着づつもっていますが)

 高価な服装は一切所有せず、
 高級時計も身に着けず、

 その他、一切の、

 「マウンティング合戦」

 から距離を置き、

 「物質や、肩書や、世間体を意識」

 することとは程遠い世界に生きることで
 平和で平穏な毎日を過ごしています。



■実際、いろんな、世間的に

 「凄い!」

 といわれるものを持っている人と接しても、
 あるいはそんな人から、ときに

 「乗りにかかられても」

 なんとも思いません。



■社員数とか企業規模とか、
 住んでいる場所とか家の広さとか、

 所属企業とか、役職とか、
 高級な車とか時計とか服装とか、

 いろんなものを誇られても、
 究極のところ、


 それら

 「本人の付属品」

 のようなものを誇らしげに語られたところで
 ぶっちゃけ、

 「どうでもいいし、くだらない」

 と思っているから、
 心が乱れることもなければ、

 凄いなあとは思うし、
 そのように声をかけることもありますが、

 だからといって、私(鮒谷)自身が
 それらを求めたい、求めよう、

 といった気にはまるでなりません。



■そういえば、ここまで書いてきて
 思い出したのですが、

 その昔、身につけているすべての服装が
 ジョルジオ・アルマーニ、

 という男

 (現在、当社の200万円超の債権を放置した
  まま、どこかに雲隠れ中ですが)

 と取引したことがあり、


 その際、

 私(鮒谷)の上から下まで1万円くらいで
 完結している服装を見て、

 めちゃくちゃ馬鹿にしてきたことが
 ありました。



■でも、いろんなことをいわれても
 なんにも思わなかったんですよね。

 服装を見て
 判断されたところで、

 私自身、別に服装のセンスとか、
 かけた金額で競おう、

 なんて考えたこともなかったから。



■これは一つの例ですが、

 こうした営為から距離を置くと
 とてつもなく、精神的に軽くなれるもの。


 言葉を換えると、

 世の中において(他の人がどうであれ)
 自分自分が至高と感じている価値に没頭・没入し、

 それ以外のものに、
 必要以上の価値を見出さない人が、

 もっとも精神的に自由な存在と
 なれるのかもしれないのでは、

 と思ったりしています。



■もとより、

 他者が価値と感じるものについて
 ケチを付けるつもりはなく、敬意は払えども、

 万一、それを押し付けられても、
 それによって心を乱されない、

 (私は別のものに価値を置いているから)

 といった精神の状態(境地)に入ることが
 できたとき、

 人は他者との比較から解き放たれるのでは
 ないでしょうか。



■繰り返しますが、私(鮒谷)自身、


 誰がどこに住んでいるとか、
 どんな家に住んでいるとか、

 どんな車に乗っているとか、
 どんな時計を身に着けているとか、

 肩書きであったり、職業であったり、
 所得(年収)であったり、


 そのようなものには
 ほとんど何の興味もありません。



■ただ、興味があるのは

 「マニア、オタク」

 として、他の誰も興味を示さないような
 対象に没頭していて幸せそうに生きている人、

 のみ。



■自身が興味関心の対象として選んだ分野に
 ついて、

 「論」や「説」を立て、さらには
 それを「学」のレベルに引き上げ、

 最終的には「道」として、自らの人生や生活と
 一体化させることができれば、

 そこで至福の喜びを感じることができるで
 しょうし(これぞマニア道、オタク道)、


 私(鮒谷)自身が、

 その状態に至高の価値を置いているからこそ、
 はっきり言えば、

 他の人の(外的な)装飾や記号の
 ようなものには何の興味も持てないし、

 したがってそこにおいて
 比較相対する感情も生まれず、

 平穏・平和な感情を保ち続けることが
 できているのです。



■こうした、

 自身が至高と考える価値の対象を
 持たなければ(見いだせなければ)、

 どうしたって、分かりやすい、
 他人の装飾や記号に目が向いてしまい、

 それよりも自分が上、自分が下といった、
 くだらない葛藤が始まり、

 自らを疲弊させることだけとなるのでは
 ないでしょうか。



■そんな状態にはまり込まないためにも、

 「私」はこの分野に全てを捧げているのだ、
 という対象を早期に確立する(所を得る)ことが、

 人生において、安定と充足の感情を保ちながら
 生きていく秘訣ではないかと考えています。



■こうした世界は

 【自分の興味・関心の対象について、
  マニアレベル、オタクレベルで追求する存在」

 になれたとき、
 体現されるのではないでしょうか。



■先の

 「大阪放談会音源(質疑応答編)」

 においては、

 こうしたこと(所を得る、オタクの幸福)に
 関する話も述べていますので、


 ここまで記述したことに
 ご関心をお持ちくださる方があったならば、

 きっと興味深く音源をお聞きいただけることと
 思います。


 ここまでお読みになり、
 ご関心をお持ち下さったあなたにこそ、

 ぜひ、お聴き頂きたい音源です。


 今日も人生とビジネスを楽しみましょう!


 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■「マウンティング」という不毛な営みから    距離を置くことで幸せになれるもの。   ■他人との比較によっては、自由も幸福も    感じられないものである。   ■たかが装飾、たかが記号、に心悩まされる    よりも、    他の人からなんと思われようと、    私はこれに価値を見出している、    という没頭・没入の対象を見つけられれば    自ずから    「マウンティングした、された」    の世界から離れ、自分の世界で喜びや    楽しみを享受できることだろう。

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