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【外から与えられた言葉】ひたすら感動する姿を示すのも教育の一形態


■こんにちは、鮒谷です。

ここ数日、ご案内してきた


【<少人数・双方向性放談会>

あなたの「お金についての思い込み」を
完膚なきまでに打ち壊し、

お金に対する認識がもたらしてきた、
経済的制限や束縛からあなたを解き放つ放談会】


ですが、

【あと7時間、
もしくは3名様のお申込み】

の早いほうで締め切りといたします。



■もともとご案内の通り、


セミナー準備ならびに懇親会予約の関係で
本日(火曜日)の23時59分にて受付終了、

もしくは

定員(23名)に到達し次第、

とお伝えしてきました。



■いつものことですが(汗)

開催一週間前の直前告知&大阪開催、
にも関わらず、

現在、すでに20名の方から
お申込みを頂戴しております。


ひょっとしたら、締め切りをまたず、
定員到達で締め切り、

となるほうが早いかもしれません。


※ホテルのスイートルーム、
という会場の都合上、

これ以上はお一人たりとも
定員を殖やすことはできません。



■一つだけ申し訳ないと思ったのが、

東京を含む関東圏からお越し下さる方が
少なからずいらっしゃること。


懇親会を午後7時から9時、
(状況により、延長あり)

という流れで考えていたのですが、

翌日の仕事の関係で、新幹線に乗るために
途中退席しなければならない方がいらっしゃるようで、、



■それを承知下さった上で、
お申し込みくださった方、申し訳ございません。

あくまで大阪含む関西圏の方からの
お申込みを中心に考えておりました、、、


それに、こういった仕事をしていると、

曜日感覚がまったくなくなるので(汗)
あまり意識していなかったのですが、

多くの人は、月曜日はお仕事なんですよね。



■こんなことなら、

「土曜日開催」もしくは
「午前から開始して懇親会も早めに終了」

とするべきでした。

以後の大阪開催での反省&改善点としたいと
思います。



■長い前置き(言い訳)となりました。


話は変わりまして、
以前のメルマガでも書いたことがありますが、

私(鮒谷)は中学高校、そして学生時代に
阿刀田高の本を結構、読みました。


たまたま父の書棚に、
ワニ文庫から出ていた

『ブラック・ユーモア入門
─恐怖と笑いのカクテル 』

があったので手に取り、次に

『ナポレオン狂』

を読み、そこから阿刀田ワールドに
どっぷりとハマりました。



■そんなことがあったので今月の

『私の履歴書』

の阿刀田高の連載を、
毎日、楽しみに読んでいるところです。


そんな中、昨日、以下のような文章が
載っており、思わず釘付けになりました。


(ここから)
---------------------------------


化学のほうは受験に失敗し、
フランス文学を専攻することになるが、

フランス詩の授業では、
教授が詩の歴史や論評を語ることが少なく、

教壇の上でもっぱらお好みの
ボードレールの詩を朗読し、感動している。


──なんだよ、この授業は──

と思ったが、今になって考えると、
文学の授業なんて、

──あれもありか──

ひたすら感動していることを学生に示すのも
一つの方法かもしれない。


なにが言いたいのか。

私はときどきユニークな先生に出会った。

正しいカリキュラムではないとしても
私には価値があった。

私がへんなのだろうが、教育には
こんな効果もきっとあるのだろう。


平成30年6月4日『私の履歴書』(阿刀田高)

---------------------------------
(ここまで)



■ご記憶頂いていればよいのですが、
私(鮒谷)は昨日のメルマガにおいて、

【教師の熱狂だけが、
教育という「絶望的な営み」を可能性に変える】

という記事を書きました。


昨日は当社主催セミナーがあったので、
メルマガを執筆、配信した後の昨晩、

『私の履歴書』の文章を読んだのですが、

まさに昨日のメルマガで記したのと
同じような話がこちらに記されていたのです。



■昨日のメルマガにご記憶にない方は、
もう一度、お読み頂きたいところではありますが、

要旨としては以下のような内容を記しました。


 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■真に価値ある学びは、事後的にしか、   それと気づけない。   ■真摯に何かを伝えようとする側は   この事実を認識しているけれども、   学び手の側は往々にして、この事実に   気づけず、   「学ぶ意味が分かってから、学びます」   ということになりがちだ。   ■けれども本当は、学んだからこそ、初めて   その意味が分かるわけであり、   ここに教育の絶対的な矛盾や困難が   内包されているのである。   ■この壁を乗り越えるためには、   【教師の熱狂により、そこに何かがあると   感じさせるより他にない】   のかもしれない。
■まさに私が書きたかったことが、 まるで異なる、そして、はるかに エレガントは切り口で、 阿刀田高が記していたのです。 シンクロニシティ!? ■でも、 自分の人生を振り返ってみても、 たしかにこうしたこと(↓)に類する出来事 -------------------------------------- 教壇の上でもっぱらお好みの ボードレールの詩を朗読し、感動している。 ──なんだよ、この授業は── と思ったが、今になって考えると、 文学の授業なんて、 ──あれもありか── ひたすら感動していることを学生に示すのも 一つの方法かもしれない。 なにが言いたいのか。 私はときどきユニークな先生に出会った。 正しいカリキュラムではないとしても 私には価値があった。 私がへんなのだろうが、教育には こんな効果もきっとあるのだろう。 -------------------------------------- があり、 先生が伝えたかったことが、 長じて、ある段階に至ったとき、 【事後的に分かった】 ということが幾たびか、 あったのです。 同じような経験をされている方も いらっしゃるのではないでしょうか。 ■原理的に、 決して事前には伝えられないことを、 未だ「それ」を知らぬ人に どうしても伝えたいと思うなら、 究極のところ、氏が記している通り、 【ひたすら感動していることを学生に示す】 しかないのではないか、 と思われます。 ■ここまで書いて、 再び話は変わるのですが、 同じく日経新聞6月1日の「文化面」に、 先のカンヌ映画祭で最高賞を受賞した 是枝裕和監督が、 以下のように語られていたことを 思い出しました。 (ここから) -------------------------------------- 審査委員長のケイト・ブランシェットさんが 閉会式の冒頭で 「インビジブル・ピープル(見えない人々)に 光を当てた映画が多かった」 と口にした時、自分の作品もそうだと思った。 「万引き家族」は社会から排除され、取り残された 人たちが、不可視の状態でそこにいる。 発見された時には犯罪者としてか扱われない。 「誰も知らない」の子供たちもそうだった。 そのことが彼女の「インビジブル」という 言葉を聞いて、自分の中で言語化された。 それまでは言葉にできていなかった。 あの映画祭はそういうことがよくある。 「誰も知らない」を出品した2004年は、 外国の記者に 「あなたは『死と記憶の作家』と言われるが違うと 思う。『後に残された人』をずっと撮っている」 と指摘された。 外から与えられた言葉で自分の作家としての スタンスがクリアに見える瞬間がある。 ありがたい。 -------------------------------------- (ここまで) ここに -------------------------------------- 外から与えられた言葉で自分の作家としての スタンスがクリアに見える瞬間がある。 -------------------------------------- と記されていたのと同様、 まさに阿刀田高の 【ひたすら感動していることを学生に示す】 という 「外から与えられた言葉」 で、私は自身のスタンスがクリアになりました。 ■つまり、私(鮒谷)の仕事は、 【自分が知り、経験し、感動したことを、 未だそれと知らない人に対して、 自身の感動や喜びを、全身を震わせて 興奮しているという態度で表しつつ、 同時に、その感動を出来うる限り、 言語化してお伝えする】 ことなのではないか、 と考えたということです。 ■こうした熱気、熱狂、熱量を伴う、 態度と言葉によって、 【それがきっかけとなり、 ごくごく一部の人かもしれないけれども、 学び始め、 その後(事後的に)、 感動や喜びに気づかれる】 ことがあったとするならば、 何かを伝えるものとして 本望といって良いでしょう。 ■先にもお伝えしたように、 とはいえ、 教育とは、原理的に、 決して事前には伝えられないことを、 未だ「それ」を知らぬ人に 伝えようとする営み (先の例でいえば、教師がボードレールの 詩に触れて覚えた感動を、 その感動を知らぬ、それゆえボードレールに 触れよう、学ぼうとする気など持ち合わせぬ学生に、 事前にその喜びや興奮を分からせてから ボードレールを学ばせようとするような、 原理的に不可能な営み) ですから、土台、無理があるのです。 ■その無理を飛び越えるためには 阿刀田高の言葉でいえば 【ひたすら感動していることを学生に示す】 あるいは私(鮒谷)が昨日、 記した表現でいうならば 【教師の熱狂により、そこに何かがあると 感じさせるより他にない】 ということになるのでしょう。 ■ここで元の話に戻るのですが、 ここ数日、ご案内してきた 【<少人数・双方向性放談会> あなたの「お金についての思い込み」を 完膚なきまでに打ち壊し、 お金に対する認識がもたらしてきた、 経済的制限や束縛からあなたを解き放つ放談会】 の話は、実は私(鮒谷)が初めて 「それ(お金の構造)」 を理解したときの、 感動や興奮をお伝えしようとする企画です。 ■でも、 その喜びは、そもそもが 理解してからしか生まれ得ぬものであり、 この喜びを理解されない方にとっては、 興味の示しようもないわけですから、 (一般的な学生にボードレールの魅力を 説いたところで、 はじめからその魅力に気づき、 熱心に取り組む生徒が存在しないのと、同様に) 理解できない人にとっては、 どれだけ私が熱く語っても、 聴きたいとか、学ぼうという気持ちは 原理的に起こりようがありません。 ■しつこく繰り返しますが、ここに 【教育という営みの困難性、 あるいは絶対矛盾性】 があるわけです。 言葉を換えれば、 「学ぶ意味を分かってから学ぶ」 といわれている方は構造的に、 永遠に本質を学べないし、近づけない、 ということです。 ■その断絶を飛び越えてきてもらうためには、 ただただ、 態度ならびに文章で、 熱気、熱狂、熱量をお伝えする、 ことくらいしかできません。 ■その姿に何かを感じてくださり、 ごくごく少人数でも学び始める方が 出てこられたとするならば、 ここにおいて 【教育の困難性、絶対矛盾性に 風穴を開けた】 ということになるのでしょうし、 ここにおいて 【正しく教師の仕事を行った】 と言えるのではないかと考えています。 ■そんな 【一見、限りなく不毛に見える取り組み】 を、 これまでと同様、 以下の放談会でも行うつもりです。 不毛な取り組みではありますが、 阿刀田高さん言われるところの -------------------------------------- 私はときどきユニークな先生に出会った。 正しいカリキュラムではないとしても 私には価値があった。 私がへんなのだろうが、教育には こんな効果もきっとあるのだろう。 -------------------------------------- ここでの「ユニークな先生」の役割を 果たすことができたとすれば本望です。 ちなみに、これはいつもお伝えしていることですが 私(鮒谷)の話は 「(理路整然と組み立てられている) 正しいカリキュラムではない」 から 「放談会」 と銘打っていることも、 あわせてお伝えしておきますね。 ■上述の通り、 【あと7時間、もしくは、 3名様のお申込みをあった時点】 の早いほうで締め切りといたします。 お申込みは以下よりお願いいたします。 -------------------------------- 【<少人数・双方向性放談会> あなたの「お金についての思い込み」を 完膚なきまでに打ち壊し、 お金に対する認識がもたらしてきた、 経済的制限や束縛からあなたを解き放つ放談会】 【日時】 2018年6月10日(日曜) 放談会:13時30分~18時30分 懇親会:19時00分~21時ないし21時30分頃 ※終了時間はおおよその目安であり 若干前後する可能性があります。 予めご了承ください。 ※懇親会は別途お店に場所を移して 質疑応答を兼ねる形で行う予定です 【場所】 大阪駅界隈の某ラグジュアリーホテル (スイートルーム) ※詳細はお申し込み下さった方に、 改めてご案内いたします。 【参加費】 88,000円+税(懇親会費込み) <お申し込みは、今すぐこちらから> https://shinkaron.buyshop.jp/ ※本放談会は少人数制にて開催するため、 すぐに満席となることが予想されます。 ※お申し込みは先着順にて承っておりますが 定員になり次第、締め切りとさせて頂きます。 --------------------------------- あなたと会場でお目にかかれることを 楽しみにしております。 鮒谷周史拝

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