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5253号 【 鮒谷所有の唯一の(!)贅沢品、バーバリーの傘を盗まれた話 】


■幸か不幸か、

 高価なブランド品を身につける習慣のない
 安上がり決死隊wな私(鮒谷)ですが、

 数少ない(というか、唯一の!?)
 所有ブランドとして

 「バーバリーの傘」

 がありました。


 7~8年ほど前に、
 15,000円(+税)で買いました。



■なぜ、その傘を買ったのかというと、

 強風の日に、突風が吹くたびに
 傘の骨が折れる悲劇を繰り返し、


 「もうこれ以上、
  安物買いの銭失いはやめよう、

  二度あることを
  三度起こさないようにしよう、

  多少、値が張っても
  耐久性のあるものを買おう、

  お金で時間を買う!」


 と、百貨店に行く機会があったついでに
 清水の舞台から飛び降りる、

 そんな気持ちで購入したのです。



■それなりに長く使っていると、
 思い入れのある傘になってきたわけですが、

 先日、新宿の某商業施設のお手洗いに入り、
 脇に立てかけて用を足したとき、

 うっかり持ち帰るのを忘れて出てしまいました。


 外に出てからほんの2、3分後に気づき、
 慌てて取りに戻ったのですが、

 その時にはもうすでに、
 傘は影も形もなく消え去っておりました。



■ほんの2、3分の間でしたが、
 けっこう、大ぶりのしっかりした傘だったし、

 決して間違って持っていかれるような
 ものではありません。


 つまり、ほぼ確実に
 「盗まれた」のだと思います。



■一瞬、

 「後悔→憤怒」

 という順番で感情が浮かび上がりましたが、
 次の瞬間にはその感情は消え、

 同時に私の心に浮かんだのは

 「『公』を意識する精神」

 という言葉でした。



■傘を盗まれた、ということは、
 本当によく聞く話です。


 雨の日にコンビニの外に置いてある
 傘立てに傘を入れておき、

 買い物を済ませて店の外に出たら
 跡形もなく消えていた、

 ということは、あなたも一度や二度は、
 経験されているのではないでしょうか。



■傘を盗むのは刑法に抵触する、
 歴とした犯罪ですが、

 そこまでいかなくとも、

 街中で小さなごみやタバコの包装紙、
 またはタバコそのものをポイ捨てするといった、

 「公の場所にゴミを捨てる」

 とシーンはしばしば見受けられます。


 あるいは、

 新幹線車中や、隣席の距離もそんなに広くない
 飲食店などで、恬として恥ずることもなく、

 堂々と私的な用事のために
 携帯電話で話をしたり、

 といったことも、
 ときおり見かける光景ですね。



■こうした振る舞いの根底には、

 「『公』を意識する精神」

 が欠如しているのでしょう。


 別に私は聖人君子でもありませんし、

 そうした行為を上から目線で
 批評したり論評する資格もありませんが、

 ただ、私自身は自らに対して

 「決してそうしたことは行わぬように」

 と戒めてきたつもりです。



■それは

 「倫理道徳的な側面」

 からのみ、そのように思っている
 わけではありません。

 もちろんそうした面もあって
 自身を躾けようとしている部分もありますが。



■ただ、それ以上に、

 「そうしたほうが長期的に見たときに
  自分のためになるから」

 という自己中心的な理由から、

 「『公』を意識する精神」

 を持とうと心がけているのです。



■確かに短期的に見たときには

 「『公』を意識する精神」

 を持たないほうが、

 自らの得になったり、楽になったり、
 便利になったりすることもありますね。



■たとえば、

 突然、雨が降ってきて、
 今、手元に傘がないけれども、

 たまたま目の前のコンビニの軒先にあった
 傘立てに、

 名前の記されていない傘が刺さっていたから
 持っていこう、

 といったことを行っても、

 (それが見つからなければ)
 得をするのは本人、

 ということになるのかもしれません。



■あるいは、

 手元にある小さなゴミを
 ポケットやカバンの中に入れ、

 「家に帰ってからそれを捨てよう」

 という考えは、

 ゴミの存在をを覚えておかなければならぬと
 いう認知能力のムダ遣いにつながりそうですね。



■家に帰って、ゴミを取り出し、
 捨てる手間を考えると、

 今、この瞬間、誰も見ていないのなら
 しれっと捨ててしまおうか、

 という気持ちになるのも分からないでもありません。


 今すぐ手放すことによって、短期的には

 スッキリする、気持ちよくなれる、
 といった効用も得られそうです。



■はたまた、

 本来、そこでは携帯電話を用いてはならぬ、
 ということになっている場所にもかかわらず、

 そこで話をするということは、
 その心は、

 「他者の迷惑より、自分の都合」

 ということになりますね。


 こうしたことも、倫理・道徳を抜きにすれば、

 (そして騒音に怒り狂った、

  その筋の人に因縁をつけられたり、
  短気なオッサンに殴りかかられたりしない限り)

 当人が得をする話です。



■でも、私(鮒谷)はこう考えるのです。

 「自身の人生や生活の質を上げたい」

 と思うなら、

 そんなことをしては、
 その実現から遠ざかっていくこととなる、

 と自己中心的に考えるから行わないのです。


 それがたまたま倫理・道徳的にも
 推奨されていることのようだから、

 ちょうど良かったなあ、

 という感じ。



■どういうことかというと、

 「公」の精神が欠如している、
 つまり、公に対して意識を向けられない人は、

 きっとより身近な他者(他の個人)に対しても
 意識を払えるようになるとは思えないからです。



■普段から私たちは、

 常に公的な場に身を置きながら
 生活をしているわけですが、

 そのような場で自分さえよければそれでいいと、
 自分勝手な行動をとる姿勢はやがて習慣化され、


 やがては、自分と直接関わり合いのある、
 組織や個人に対しても、

 ふとした拍子に同様の姿勢が
 現れてしまうのではないでしょうか。



■心的習慣、態度は長年の繰り返し、躾によって
 形成されてくるものですから、

 たとえ、1回、1回の行動は
 小さなものであっても、やがて、

 「こよりがより合わさって綱になる」

 ように、

 「自分が楽をしたり、得をするのなら、
  他者に迷惑をかけても、仕方ないか」

 という心は、最初は弱く、でも徐々に、強固に、
 形成されてくることとなるでしょう。



■これぐらいのもの
 (たとえば、先の例でいえば、傘)なら

 拝借してもいいのではないか、
 といった小さなことの繰り返しが

 「自分大事で、
  他者のことには目をつぶる」

 という普遍の心的態度を知らず知らずのうちに
 育てていくことになります。



■それは

 (一時的には良くても)

 長い目でみたときには結果として、
 自らの首を絞めることになるわけです。


 こうして因果は自分に巡ってくることとなり、
 先に述べた言葉でいえば、

 「知らず知らずのうちに、

  人生や生活の質を長期にわたって、
  毀損していくことになる」

 のではないでしょうか。



■「千丈の堤も蟻の一穴から」

 という言葉がありますが、その意は、

 1丈はおよそ3メートルですから、約3キロの
 大きな堤防もほんの小さな蟻の穴から崩れる、

 ということです。


 自分の心的態度に

 「蟻の一穴」

 を作りたくないからこそ、

 「『公』に意識を向ける精神」

 を大切にしていきたいものですね。



■公の精神をないがしろにすると、

 因果は巡り、
 時間的にも空間的にも遠いところから、

 思わぬしっぺ返しを食らうことがある、

 そんな物語を私は生きていきたいと
 思っています。



■重ねてお伝えしますが、

 これは私が聖人君子であるとか、
 なるつもり、

 といった話ではもちろんなく、


 私が自分自身の得を誰よりも深く考えていくと、
 結局のところ

 「『公』に意識を向ける精神」

 を強く持つのが一番だよね、

 という結論に至ったというお話でありました。



■傘を盗まれた憤りも、

 こうして文章を書いている間に雲散霧消し、
 それどころか、

 漠然としか考えていなかった思考が言語化され、
 より一層明瞭になったわけで、

 (そしてメルマガネタも一話分、
  稼げたわけでw)

 盗んだ者に対しても感謝する(!?)、
 そんな気持ちすら出てきたこととなりました。



■ちなみに以下は予断ですが、

 実のところ、
 ここまでに記したような内容が、私が

 「時々刻々の記」

 に記録している典型的なパターンであると
 いうことを、特に


 【鮒谷周史の圧巻!「転落続きの人生を、
  日記を書いて蘇生させた話」放談会音源】

 https://shinkaron.buyshop.jp/items/5955812


 の音源をお求め下さり、
 さらにはご感想やご質問を下さった方には

 「フォローアップ」

 としてお伝えしておこうと思います。




 今日も人生とビジネスを楽しみましょう!


 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■「公の精神」の欠如した行動は、    短期的に見れば得になるかもしれないが、    長期的にみると、間違いなく、人生の質を    毀損してしまうことになるだろう。   ■なぜならば、    そういった行動を繰り返し行うことで、    自らの心的態度は自己中心的になり、    時が経つにつれて、こうした習慣は、    密接に関わっている組織や人々の前でも    表出してしまうことになるからだ。   ■そんなことになってからでは手遅れで、    だからこそ、人生の質を高めるために、    「『公』の精神」    を意識することが大切なのである。

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