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5188号 【 遠藤周作著『落第坊主の履歴書』のあと書きが、鮒谷の人生を方向づけてくれた 】


■どんな人生にも

 「意味づけ」

 を行うことができるものです。


 もう既にお亡くなりになられた作家の
 遠藤周作さんが、その昔、

 日経新聞の『私の履歴書』に
 登場されていたことがあります。


 その内容が編集され、連載と間をおかずして、
 書籍化されたものが、以下の本。


 <落第坊主の履歴書>



■今は絶版になっているようですが、
 タイトル通り、当時、高校生であるとともに、

 「落第坊主」

 でもあった私(鮒谷)は、

 この本に慰められ、また、
 大いに勇気づけられたものでした。



■この本に

 「あとがき」

 には、以下の氏の言葉が記されています。


 ----------------------------------------


 お読みになって頂ければおわかりのように、
 幼年時代と少年時代の私は、

 かなりな遅熟児(早熟児の反対の意で、
 もちろんわたしの造語である)で、

 することなすこと親兄弟や周りの大人を
 呆れさせてばかりいた。


 本当言うと、ここに書いたのはその一部だけで、
 実はもっとお話できぬ愚行があまたある。

 にもかかわらず、私も成長して何とかものを考え、
 この社会で生活できるようになったのだから、

 おなじようなお子さまをお持ちの女性も
 安心してくださっていいのではないか。


 そういう意味でこの本も社会的教育的意味が
 あるかもしれない。


 ----------------------------------------


 実はこの本、

 二週間ほど前、実家の整理をしていて、
 数十年ぶりに見つけました。

 読み返して、さらにこの一節を目にすることで
 一気にタイムトリップさせられ、

 その当時に考えていたことが
 思い起こされました。



■すなわち、


 「今は私(鮒谷)も落第坊主だけれども、

  いずれ、同様の経験を持ち、
  不安や心配や焦りを持つ人たちに、

  安心や勇気や希望や可能性を
  お渡しできるようになりたい。


  未来、どこかのタイミングで、それが
  出来ることになったとすれば、それはそのまま、

  私(鮒谷)が満足のいく人生を
  送れるようになった、

  という何よりの証左ともなる」


 と思ったこと。


 考えてみれば、結果として、

 ほぼ、そのときに思っていた通りのことが
 現実化しています。

 まさに、思考は現実化する、ですね、、、



■改めて、ではありますが、

 私(鮒谷)は以下のような進学校で
 中・高6年間を過ごしました。


 <灘とひと味違う甲陽学院 在野精神で起業家続々>

 https://goo.gl/mE2ako


 ※ちなみに、少しだけ話が脇にそれますが、

  母校の名誉のために一つだけお断りしておくと
  本文中、


  ----------------------------------------

  関西屈指の中高一貫の私立男子校、

  甲陽学院中学・高校(兵庫県西宮市)。

  しかし、同じ通学圏に日本最強の進学校といわれる
  灘中学・高校が存在するため、

  「灘にあと一歩の子が行く学校」

  といわれることも。

  ----------------------------------------


  とありますが、

  (世間ではそう言う人もいるかもしれませんが)

  これは母校に対して失礼だろう、

  と全力で否定しておきます。


  少なくとも私は、
  灘を受けてもきっと受かりましたが、

  父親の圧倒的な「甲陽愛」に洗脳され、
  さらに近しい親族が甲陽に通っていたこともあり、

  進学先は甲陽学院しかありえず、

  したがってもちろん受験についても、

  成績如何にかかわらず甲陽一択しか
  ありえませんでした。


  親子、兄弟みな甲陽、
  そんな友人も少なからずいたと記憶しています。


  、、、つい、母校愛から熱くなってしまいました。



■閑話休題。


 こうした進学校において、
 落ちこぼれて、そのまま、

 「落第坊主」

 が

 「落第学生」

 となり

 「落第社会人」

 となっても人生のある時期まで、
 一向に花開きませんでした。



■人間、どうしても比較相対する生き物ですから、
 頭のいい人間や優秀な人たちに囲まれた環境で

 「他人を気にせず、
  自分の物語を創造し、その物語を生きる」

 ことはなかなか難しいものでした。



■でも、そんな人間でも、

 もし人生において、
 起死回生の一打を放つことができたら、

 それこそ私も遠藤周作氏と同じく、


 ----------------------------------------


 本当言うと、ここに書いたのはその一部だけで、
 実はもっとお話できぬ愚行があまたある。

 にもかかわらず、私も成長して何とかものを考え、
 この社会で生活できるようになったのだから、

 おなじようなお子さまをお持ちの女性も
 安心してくださっていいのではないか。


 そういう意味でこの本も社会的教育的意味が
 あるかもしれない。


 ----------------------------------------


 と自信を持ってお伝えできるかもしれない、

 氏の言葉に出会うことによって、
 そんな物語を生きるイメージがついてきた、

 ように思われます。



■そして、ここにきてようやく、

 (もちろん氏には遠く及びませんが)

 でも、私と同じような履歴(不遇な人生)を
 送ってしまった人に対し、


 少なからず、

 「安心や勇気や希望や可能性を
  お渡しする」

 ことくらいはできるようになったのでは、
 と考えているのです。



■そんなことを思うようになってから、

 「自分の人生に対する意味付けは
  このあたりにあるのかもしれないなあ」

 と漠然と考えるようにもなりました。


 もちろん、自らの存在意義は終生、

 「時々刻々の記」

 を通して、探し続け、あるいは
 アップグレードし続ける必要がある、

 と思っています。



■ただ、少なくとも今現在においては、
 私が向き合うべき存在は、

 決して

 「順風満帆に世の中を渡ってきた
  エリート」

 ではなく、むしろ


 「不測の事態に見舞われ、
  思い通りの人生を歩めず傷心している、

  けれども自らの可能性を決して諦めず、

  『臥薪嘗胆』

  『燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや』

  『末ついに末ついに海となるべき山水も
   しばし木の葉の下くぐるなり』

  と心の中で唱え続けている人」


 なのであろうと考えているのです。



■一人ひとりに、
 これまで歩んできた人生があるわけですが、

 どんな人生であったとしても、

 各人それぞれ、
 人生に意味を与えることはできるはず。


 上に記したことはあくまで私(鮒谷)が

 「自らの人生に与えた意味」

 ですが、


 各人にとっての「それ」を
 見つけられたときが、

 「全力を傾注できる対象が見つかり、人生に
  強烈な充実感を感じられるようになったとき」

 といえるのではないでしょうか。



■自分の人生の意義を明確化させることが
 できれば、その意義を果たすための

 「物語」

 を生きられるようになるでしょう。


 つまり、人生の意義を理解し、

 「自身の物語を創造する」

 ことこそが、

 人生を圧巻レベルで充実させるために
 必要欠くべからざるものなのです。


 ※以下、今号のテーマについての参考音源です。
  よろしければ聴いてみて下さい。

 【鮒谷周史の、圧巻!『物語』を自在に操れる者だけが、
  人生を思い通りに生きられる」放談会音源】

 https://shinkaron.buyshop.jp/items/6536488




 今日も人生とビジネスを楽しみましょう!


 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■どんな人生であっても、自分の人生を    意味づけることはできるもの。   ■自分の人生の意義を明確化させることが    できれば、その意義を果たすための    「物語」    を生きられるようになる。   ■自分の物語を創造すること、それこそが、    人生を圧巻レベルで充実させるためには    必要欠くべからざるものなのだ。

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