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5142号 【 世にも困った「乗りたがる」人たち 】


■世の中には

 「ことさらに人の上に乗りたがる人」

 があるものです。


 「マウンティングしたがる人」

 と言い換えてもいいでしょう。



■いくつかのパターンがありますが、
 主として


 ▼対相手に乗りにかかる人

 ▼対相手に乗っているのを、
  対複数の人に顕示、誇示したがる人


 の二つがありますね。


 いずれにせよ、その精神が

 「透けて見えた」

 ときに、なんだかイヤーな気持ちにさせられます。



■ソーシャルメディア上でも、

 その気配を感じさせる画像とか
 投稿とかコメントとかが流れてくると

 「あー、また見てしまった、、」

 という気持ちにさせられるもの。


 なぜ、乗ろうとするんですかね。

 私なんかは

 「つねに場の一番下に自分を置いておくのが
  ラクチンに生きる秘訣」

 だと思っているのですが。



■私などは、

 相手が誰であろうと、
 心の底から、


 「自分、バカっすから」

 「何にもできない人間ですから」

 「すごいっすね!」

 「さすがっすね!」

 「なるほど、そうですよね!」


 という言葉が勝手に出てくるし、
 そこには

 「乗りに行く」

 なんていう発想は一切ありません。


 これが心地いいんですよね。

 「ありのままでいい」

 わけですし、無理しなくてもいいから。



■そんな

 「つねに場の一番下に自分を置く」

 ことが習慣化されてしまった私から見ると、


 そうした目論見(乗りに行く意図)が
 感じられる画像や文章は、

 それはもう、
 一目瞭然で分かってしまうから、

 なんとも、いたたまれない気分に
 させられてしまうのです。



■同時に

 「そんなに無理したら大変じゃないですか、
  本当にご苦労さまでございます」

 みたいな心境にもさせられます。


 でも、本当のところを言うと、


 自分に自信があるのであれば、

 自分を一番下に置けるのでは
 ないでしょうか、

 自信がないからこそ、
 上に乗りたがるのでは、


 なんてことを思ってしまったりも
 いたします。



■ソクラテスではありませんが、

 「私は何も知らないけれども、
  何も知らないことだけは知っている」

 という立場に立脚できれば、


 相手がどんな立場の人であっても、
 たとえ自分よりはるかに年下であっても、

 自分を一番下に置き、
 謙虚に教えを請えるもの。



■それができないのは、

 「私はなんでも知っている」

 「私は偉大」

 「私は素晴らしい」

 「私は全能」

 みたいな致命的な勘違いを、
 心のどこかでしてしまっているから、

 なのではないでしょうか。



■マウンティングの精神は、

 「見える人には透けて見える」

 のです。


 それは

 「こっ恥ずかしい」

 ことだと考えたほうがよいのでは。



■あるいは、


 その意図が一切、
 周りには感づかれなくてさえ、

 乗りにかかられている当人には
 絶対に分かるものであり、

 一定の矜持を持った人間であれば、
 それは物凄く嫌な気持ちにさせられるものだから、

 余計なこと(=マウンティング)は
 やらないのが賢明というものです。



■マウンティング習慣のある人が、
、
 これまで何の問題もなく、
 やってこれたと思っているのなら、


 それはその人の生存戦略が正しいのではなく、
 乗りにかかられた相手が大人であっただけ、

 と思っておいたほうがいいでしょう。



■それに気づかず、乗り続けていると

 心ある人は徐々にフェードアウトしていって、
 やがて残るのは

 「思考停止→礼賛・称賛系の人」

 だけとなります。


 こうして

 「閉じられたサル山の中で君臨している、
  (外から見ると気持ち悪い)お山の大将」

 の出来上がり、となるわけですね。

 分かります、分かります。



■この状態を恥ずかしいとか
 気持ち悪いとか思わず、

 嬉しいとか誇りに思う人は、
 それでいいのかもしれませんが、


 少なくとも私は、

 それよりもはるかに次元の高い視点から
 眺めている存在を無意識に意識してしまうから、

 それはもう、

 人さまのことであり、自分には何の関係も
 ないことであるにもかかわらず、

 そうした姿を見るたびに、

 身の置き所がないくらいに
 恥ずかしく思ってしまうのです。



■やっぱり、個人的に一番、生きやすいのは

 「両手ぶらり」

 あるいは

 「お腹を見せて寝そべる仔猫」

 みたいな、脱力した無防備な感じで、

 「自分は最低、周りは最高」

 みたいな立ち位置を堅持すること。



■その姿勢に徹する限り、
 愛される、可愛がられる、

 あるいは、そこまでいかなくとも、
 せめて、気にかけてもらえる、

 こととなるのですから、


 マウンティングすることによって

 相手や周囲に人を不快にさせたり、
 わざわざ嫌われにいかなくても、

 などと思うのです。



■ブランディングと称して、
 いろんな形を取って乗りにかかる、

 「ミエミエの打算」

 は、結果として

 「策士策に溺れる」

 ではないけれども、結局、

 「ああ、あの人はつねに
  マウンティングしにかかる人だよね」

 と評価を下され、距離を置かれるだけ。


 本当に自信があったら

 「両手ぶらり」
 「お腹を見せて寝そべる仔猫」

 方式で一向に構わないんじゃないですかね。



■関連した話をすると

 「他人を褒められない」

 という精神構造も、
 現象が異なるだけで本質は一緒、

 と理解しています。


 人を褒めたら、
 自分を貶めているように感じられる、

 とか狭量もいいところ。


 自分を最低の場所に身を置いて、
 相手を褒めまくっていても、

 自分に自信のある人なら
 まったく自分は痛みません。

 むしろ心がけている人は分かる通り、
 やればやるほど自尊心が高まります。



■さらにいえば、

 (今日は詳しく延べませんが)

 自信があるから
 褒められるようになるのではなく、

 褒めるから、褒められるようになった
 自分に自信がつくのです。


 こうした構造も理解しておきたいもの。



■だから、

 (乗りにかかるのではなく)

 会う人会う人に

 「凄いですね!さすがですね!
  勉強になります!」

 と言い続けていれば良いんです。


 それは決して社交辞令ではなく、

 どんな人にも凄いところ、
 素晴らしいところが必ずあるわけですから、

 それを見つけては、

 「凄いですね、勉強になります」

 と言い続けるのです。

 マウンティングとは真逆の精神です。



■結論。


 相手や周囲に見透かされるような
 下手なマウンティングは、

 「マジ勘弁」

 見せられるほうが辛いから、

 ということですね。



■最悪なのが

 「相手を褒めたり、上げたりしている
  ように見せかけて、

  最終的にはどこまでいっても、
  私のほうが上の立場ですよ、

  と周囲に暗黙顕示する」

 というアレ。

 皆さんも一度や二度はご覧になられたことが
 あるのではないでしょうか。



■アレ、マジ最悪ですね。
 ほんとうに勘弁してもらいたい。


 見ているみんな、馬鹿じゃないし、
 その意図も全部分かるし、

 やってる当人にとって
 得することなど何にもないし、

 いきなり見せられる方も、
 決して心地よいものではありませんから。


 以上、

 「以って他山の石とせよ」

 ということで。




 今日も人生とビジネスを楽しみましょう!


 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■世の中には    「人の上に乗りかかりたがる人     (=マウンティングしにかかる人)」    がいるものだ。   ■自分を客観視することができない人、    なのだろう。    恥ずかしいことをしていて、世界も    どんどん閉じられていくのだけれども、    反比例するがごとくに、残る人から    神格化(!?)され、いやが上にも    「お山の大将化」    が進んでいくことが中毒化されるのだ。   ■そんな恥ずかしい世界に進むのも、    自分を一番下に置き、自信を持ちつつ、    自然体でリラックスして生きるのと、    どちらを選ぶかは、一人ひとりが    決めること。

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