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4822号 そういえば私(鮒谷)も外資系企業で働いていたんだっけ


■唐突ですが、私(鮒谷)は、

 「外資系企業に勤めている人、
  かっこいいー!」

 と思っていました。

 というか、今も思ってます。

 英語を自在に使いこなし、
 グローバルに活躍している人、

 すごいよな、って。

 格好いいですよね。



■そんなことを考えているうちに、
 思い出しました。

 そういえば自身も人生のある時期、
 3年ほどですが、

 その「外資系企業」に勤めていたことを。


 <ワールドコム(Worldcom)>

 http://tinyurl.com/jfgdbcn


 その時期のことは、
 あまりにもいろいろとありすぎて、

 「外資系企業で働いていた」

 という事実すら、

 すっかり記憶から欠落してしまって
 おりました。



■そもそも、

 英語の読み書きもできないのに、
 何を血迷ったか外資系企業を受け、


 面接のときも、

 ほんとは人事部長(日本人)と
 営業部長(イギリス人)の両方出てくるはずが、

 たまたまその日、
 営業部長が所用で来ることができなくなり、

 人事部長とサシで、
 日本語での面接となりました。



■そのとき、人事部長から

 「鮒谷さん、英語は大丈夫ですか?」

 と問われて、

 「日常会話くらいなら、
  もちろん余裕です、大丈夫です!!!」

 とかテキトーなこと(=ウソ)を言って、
 間違って採用されてしまったのが、

 地獄の始まりとなりました。



■英語力なんて、せいぜい中学2年レベルで
 止まっていたから、

 オファーレター(採用通知書)すら
 読むことができず、給与についても

 「基本給+コミッション」

 みたいな形でなんだか
 いろいろ条件がついてたのですが、


 その文章自体(私にとっては)難しすぎて、
 読めず、入社する段になっても、

 結局のところ、自分の給料が
 いくらかなのかも分からないままに、

 転職したわけです(汗)



■入社初日、手続きにあたっても、

 外資系企業らしく、膨大な書類を渡され、
 すべてにサインを求められましたが、

 もちろん読めないから、
 確認もせず(というか、できず)、

 (エリア88の風間真のことを思い出し、
  緊張感とともに、でも仕方ないから)

 いずれもテキトーにサイン。



■ストックオプションの説明を受け、
 契約書(?)を渡されても、

 これまたもちろん読めないから、
 テキトーにサイン。


 そんなこんなで(テキトーに)
 サイン、サイン、サイン、サイン、、、

 腕がつりそうになりながら
 すべての書類にサイン完了。



■こうして首尾よく入社できたと思ったら
 入社できたで、

 今度は当たり前ですが、
 メールは英語だし、会議も英語だし、

 「farewell」

 と件名に入ったメールが来ても

 「firewall」

 に何か問題でも起きたのかと思ったり(泣)



■年に数度、不定期に襲い掛かってくる
 リストラ宣告の会議も、

 会議が終わって周囲に内容を確認するまで、

 そんな趣旨の会議だったとは気付かず、
 居眠りしていたり。


 当然そんなだから、
 営業の成績も振るわず、

 そもそも売ってる商品・サービスについて
 研修受けても全然理解出来ず、

 この私にデータセンターとか国際専用線とか、
 どう考えても売れるはずがないだろう、と(汗)



■後から振り返ってみると、
 入社したときがちょうど業績のピークで、

 (そんな時期だったから
  どさくさ紛れに入社できたんだろうけど)

 そんな私であってもアメックスの
 コーポレートカードを使い放題、

 というITバブル真っ盛り。


 私が入社した初日の昼も、
 上司が歓迎会と称して、

 同僚となる数名とともにタクシー乗って、
 フレンチ食べて、ワインを飲んで。

 繰り返しますが、昼ですよ。
 勤務時間中の話。



■そこから一気にITバブルが弾けて、
 真っ逆さま。


 社内のキックオフミーティングも、
 入社の年は、

 バリのフォーシーズンズホテルだったのが、
 翌年には宮崎のシーガイヤ、

 最後の年は某企業のショボい研修施設へと
 真っ逆さま。


 <株価もこんな感じで真っ逆さま>

 http://tinyurl.com/hpguzbz



■振り返ってみれば、

 (粉飾(なんと110億ドル!)しまくって)

 絶賛株価急上昇中の、
 先のグラフの頂点(1999年)で私は入社し、

 そのときの株価は60ドル超え。


 この後、バブル崩壊、
 つるべ落としに株価暴落、

 やがて自分の勤務先が破綻したことを
 地下鉄の駅の売店で知る、

 という最良?の時期と最悪の時期を
 わずか3年ほどの間に経験させてもらいました。



■なんだかんだで残務処理を終え、

 寒風吹きすさぶ2002年の12月31日の
 夕刻に事務所を撤収、

 翌日、2003年1月1日、

 世の中が新年おめでとうとか、
 お正月だなんだと浮かれているときに、

 晴れて(?)私は

 「失業者」

 の身となったのです。

 上場廃止時の株価は

 「2セント」

 だったと記憶しています。



■と、昔のことを回顧してみたわけですが、
 こうした経験を通して、

 「人生、何が起こるか分からない」

 ことを刷り込まれたように思います。


 そして、そんな世界に生きていて

 「人生のコントロール権」

 を自分が持っていないという状態は
 危なっかしくて仕方ない、

 ということも知らされました。



■たまたま私は、


 「この会社にも長くいることは
  できなさそうだ。

  (英語も分からなければ、
   通信業界のこともなんにも分からない。

   楽しくもない、面白くもない、
   なにがなんだかさっぱり分からない)」


 と思い、

 (当時は大阪に住んでいましたが)

 休日のたびに東京に行っては、

 「起死回生の一手は起業しかない!!」

 と思い、

 経営者向けセミナーや起業セミナーに
 通い続けておりました。



■そんな準備をしていたとき、
 会社が倒産したことによって

 「自分の力を試す場」

 が強制的に与えられたわけですが、
 ぶっちゃけ、そのとき、

 「図らずも、準備していて
  良かった、助かった」

 と思ったわけです。



■実際に

 「勤務先倒産 → 失業 → 破産」

 の一歩直前までいったわけですから。


 でも、すんでのところで、

 激突寸前のところから
 急上昇することができたのは、

 それまでに準備をしていたからです。


 もしこれが

 「勤務先倒産 → 失業 → 勉強」

 であったなら、とても間に合わなかった
 だろうと思うのです。



■だからこそ、

 「危機管理は平時に行う」

 ことが大切なのでしょうし、


 「まさか滅多なことは」

 ではなく

 「滅多なことも起こり得る」

 という心構えが必要なのでしょう。



■今日はたまたま、
 昔のことを思い出したので、

 そのときに得られた教訓を皆さまと
 シェアしたいと思い、記させて頂きました。


 起きてしまってからでは
 遅いですよ、、、


 何かのご参考になりましたら幸いです。



 今日も人生とビジネスを楽しみましょう!


 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■人生、何が起きるか分からないからこそ、    平時に準備しておくべき。   ■人間、未来は予見できないからこそ、    「滅多なことも起こり得る」    と肝に銘じて、普段から危機管理を怠らぬ    ようにすべきであろう。   ■コントロール権の失われた人生ほど危険な    ものはない。

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