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4393号 円滑なコミュニケーションは、濫読体験から生まれる


■昨日は

 <鮒谷が考えるところの「子育ての極意」とは>

 というタイトルで、

 「濫読の効用」

 についてお伝えいたしました。


 今日も関連する話を続けます。



■小説、エッセイ、ノンフィクション、伝記、
 あるいは学術書などなど、

 書物を大量に読んでいくと、

 「人間の類型(パターン)」

 についての理解が深まっていくものです。


 言葉を換えて、
 そして誤解を恐れずにいうと、

 「出会う人に人間に対して、
  パターン認識ができるようになってくる」

 のです。



■もちろん、


 単一の枠組みに押し込んで、
 完全な類型化を図れるほど、

 人間とは簡単な生き物ではありませんし、


 だからこそ、

 「完璧なパターン認識は不可能」

 なわけですが、


 さりながら、

 自分なりの分類体系を持たぬまま、
 人付き合いをしていくのも、

 長い目で見れば、骨の折れること。



■たとえ、大きなくくりであっても、


 「この人はこんな傾向があり、

  こんな傾向のある人とは、
  こういうお付き合いをしていくと

  良い関係を構築できる
  (あるいは関係を悪化させる)」


 といった、

 自分なりの人付き合いについての論や説を
 確立しておくと、

 人付き合いはかなり楽になります。


 さらに勘のいいあなたは既にお気付きの通り、

 人付き合いが楽になるということは、
 そのまま人生が楽になる、

 ということにつながっていくはずです。



■日々、

 たくさんの人と出会いを繰り返すことに
 よって、類型化を図る、

 ということも不可能ではありませんが、

 それだけ時間もかかります。


 また、自分が所属するコミュニティを介した
 つながりからは、

 「特定のパターンの人とばかり出会う」

 ことが一般に多いもの。



■もし、あなたが、

 圧倒的短時間で、
 圧倒的にたくさんの類型に触れるためには

 「書籍に勝るものはない」

 と思っています。



■書籍には、それこそ

 「ありとあらゆるタイプの人」

 が登場いたします。


 たとえ擬似的にであれ、


 そういった人たちの存在を知り、

 そういった人たちの特性を理解し、

 そういった人たちとの最適な向き合い方を
 学習する、


 といったことを可能にするのが
 書物の一番の効用です。



■と同時に、

 濫読によって、さまざまな類型化された人物に
 出会うことで、

 「自分がどんな存在でありたいか」

 という自問自答を繰り返すことにも
 つながります。


 これが自分の軸、芯を固めていってくれるのです。

 さまざまな思考回路を持つ他者の存在を
 知るのが、一番の自分探しとなるでしょう。



■こうして他人を理解し、自分を理解し、

 さらには、

 自分はどんな人と付き合いたいのか、
 付き合いたくないのか、

 といったことが定まってくると、

 「人生がどんどんシンプルになっていき、
  結果として幸福度も増していく」

 こととなるでしょう。



■ひょっとすると


 「付き合う人を決める、
  というのは分かるとしても、

  付き合わない人を決める、
  というのは何ごとか」


 と思う人もあるかもしれませんね。


 でも私(鮒谷)などは、むしろ

 「誰とでも別け隔てなく付き合うとは何ごとか、
  有限の人生なのに、そんなヒマはない」

 と考えています。


 気配りも、気遣いも、配慮も、謙虚さもなく、
 さらには何の骨折りもするつもりもなく

 「クレクレ、クレクレ」

 しか言わない人に、
 どうして無理して付き合わないといけないのか。



■もちろん

 「馬には乗ってみよ人には添うてみよ」

 と言われる通り、一度はお付き合いしてみます。


 けれども、その最初のお付き合いの中で、

 気配りも、気遣いも、配慮も、謙虚さもなく、
 さらには何の骨折りもするつもりもなく

 「クレクレ、クレクレ」

 しか言わない人であるならば、

 今後も同じ展開が続くこととなるでしょう。


 そんな関係は、

 ことさらに角を立てる必要はありませんが、
 エレガントに、フェードアウトしていけばいい。



■こうしたことを可能にしてくれるのが
 パターン認識の力です。


 感謝もされず、さんざんに利用されては、
 腹の中ではバカにされている、

 こんなことを繰り返しながら苦しんでいる人が
 たくさんありますが、その原因は


 「そういう人が存在する」

 そして

 「そういう人とは付き合うべきでない」


 という人物類型化ならびに、対処法について、

 確立されたものを持っていないから、


 なのではないでしょうか。



■そういった類型の人がいることも分からず、


 人生という実践の場において
 道徳的に正しいと思われる

 「ひたすら、いい人であろう」

 というスローガンを金科玉条のように掲げ、
 そのように振る舞い、


 悪意を持った人間に使われるだけ使われては、
 あとはボロ雑巾のように捨てられる、

 そんな人がたくさんいるのは、
 読書体験の乏しさに一因があるのでは、

 とも思えます。



■こんなことにならぬためにも

 できるだけ早いうちに
 (できれば社会に出る前に)


 「世の中には、

  こんなタイプの人もいれば、
  そんなタイプの人もある。

  さらには、

  あんなタイプの人もいるのである」


 そして


 「それぞれのタイプには、
  適切な付き合い方がある」


 ということを知っておく必要があるでしょう。



■そうした予習をするにあたって、
 とても有効なのが、

 「濫読」

 なのです。


 濫読を長い間続けると、やがて


 「(人間の類型化において)
  飽和状態、閾値を超えた」


 という感覚を覚える瞬間がくるでしょう。



■まさにそのときが、

 「世の中に存在する、さまざまなタイプの人」

 への、一通りの理解が完了し終えたとき、

 といっても良いのではないでしょうか。


 もちろん、


 一通りの人物パターンについて
 理解したのと、

 各人への適切な関係構築を行うための
 能力を身につけることとは全く別物、


 です。



■しかしながら、

 「知らなければ、実践も出来ず」

 ですから、

 まずは様々なパターンの存在を知ることが
 先決でしょう。


 そのために読書が有効であることは
 何度、力説しても、したりないこと。



■こうした読書体験は、あとあと効いてくるのです。

 大人になるにつれ、遅効性で効いてくるでしょう。


 大量の読書経験は、
 さまざまな人と出会ったときに、


 「ああ、この人は○○(人名)のような、
  面従腹背の人である」


 「ああ、この人は○○(人名)のような、
  短期短絡の人である」


 「ああ、この人は○○(人名)のような、
  質実剛健の人である」


 「ああ、この人は○○(人名)のような、
  才気煥発の人である」


 「ああ、この人は○○(人名)のような、
  深謀遠慮の人である」


 「ああ、この人は○○(人名)のような、
  刻苦勉励の人である」


 「ああ、この人は○○(人名)のような、
  誠心誠意の人である」


 「ああ、この人は○○(人名)のような、
  熟慮断行の人である」


 「ああ、この人は○○(人名)のような、
  温厚篤実の人である」


 「ああ、この人は○○(人名)のような、
  隠忍自重の人である」


 「ああ、この人は○○(人名)のような、
  天真爛漫の人である」


 「ああ、この人は○○(人名)のような、
  天真爛漫の人である」


 「ああ、この人は○○(人名)のような、
  豪放磊落の人である」


 といった形で、


 人物名を伴う具体的なイメージとともに、

 その人との付き合い方についても
 ヒントが与えられることとなるでしょう。



■けれども、


 ある人と出会っても、
 その人に近い類型を持っていなければ、

 「ああ、この人は○○(人名)のような、
  □□□□の人である」

 といったような、
 方向性を定めることができず、


 したがって、お付き合いの仕方も

 「あっちへフラフラ、こっちへフラフラ」

 となるわけです。



■もちろん、長くお付き合いしていくと、

 「類型とはまた別の、その人の個性や独自性」

 が見えてくるものですが、


 日々、たくさんの人と出会うのであれば、
 事前ならびにその場でのやりとりで

 「その人の類型について、
  おおよそ当たりをつけておく」

 ことは極めて有用なことでしょう。



■誤解のないように書いておきますが、
 これは別に

 「人の値踏みをいたしましょう」

 という話ではありません。


 人間関係において、
 どういう関わり方を持つのがベストか、

 を少なくとも一方が理解していれば、

 「無駄なコミュニケーションコストが
  発生しなくて、双方にとって価値がある」

 ことになるから、


 事前に類型を知り、その人とどのように
 お付き合いしていくかを決定することが大切、

 という話をしているだけのこと。



■そして事前に類型を知るには、

 「圧倒的な量の読書に勝るものはない」

 と固く信じているので、


 そこから導き出された

 「人生の最初期段階における読書量が、
  人生の中盤から終盤にかけて決定的に効いてくる」

 という、

 私の立てた仮説をお伝えしたかった
 だけなのです。


 昨日は、

 「子育て」について思うところを記しましたが、
 その補足を、

 本日のメルマガでお届けした次第です。



 今日も人生とビジネスを楽しみましょう!


 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■人物類型は、圧倒的な読書体験から立ち現われてくるもの。   ■「こんな人には、こう接すればいい、接しないほうがいい」    といった質の高いコミュニケーション方略は、    濫読から生まれてくるのではないか。   ■それは攻めのコミュニケーションに活かせるとともに、    我が身を守る武器ともなる。    QOL(クオリティ・オブ・ライフ)を高めるための、    最高の投資となるのである。   ■どうせなら、    「人生の最初期段階における読書量が、     人生の中盤から終盤にかけて遅効的、決定的に効いてくる」    わけだから、幼少の頃、あるいはできるだけ若いうちに    濫読体験(読書におけるフロー体験)は持っておくべきでは。

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