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4362号 ときには「ビジネスとまったく無関係」なことを、独り語り


■個別コンサルをやっていてつくづく知らされるのが

 「平凡な毎日を送り続ける」

 という、

 ただ、それだけのことが如何に難しく、
 非凡なことであるか、

 そんな現実。



■コンサルの門を叩いて下さるのは、

 「もういいですやん」

 というくらいに絶好調のビジネスを
 展開されている経営者の方から、


 「お申込み頂いたはいいけれども、
  さて、どうしよう、、、」

 という

 「目も当てられない状態(スミマセン汗)」

 の方まで、千差万別、本当にさまざまです。



■こうした方々と、朝から晩まで、
 毎月100人ほどの方とお付き合いをさせて頂く。


 こうした生活は福沢諭吉の

 「一身にして二生を経る」

  ならぬ

 「一身にして百生を同時に生きている」

 そんな感覚を与えてくれます。


 つまるところ、
 私がコンサルをしている一番の理由。

 それは、

 「一身にして百生を同時に生きる」

 魅力に取り憑かれたからなのでしょう。



■大人数セミナーではなく、
 少人数セミナー、

 さらには個別コンサル。


 (誤解を恐れずにいえば)

 人数が少なくなるほど、面白くなるのは、

 「クライアントの人生(の一部)を
  共に生きる」

 そんな感覚を味わえるから。


 大人数向けのセミナーも嫌いではありませんが、

 少人数、さらには1対1で向き合う際の

 「共感と緊張感の綱引き」

 には、堪らないものがあります。



■こんな風に

 「クライアントの人生(の一部)を
  共に生きる」

 という経験を日々、過ごしていると、


 クライアントさんとの対話から

 「人生は、そんなに甘くはいかないところ」

 と知らされます。


 そしてまた、

 「人生は、そんなに捨てたところでもない」

 とも思うわけですが。



■ただ、どんな人の人生にも必ず

 「いいとき」

 と

 「悪いとき」

 があり、特に、

 「いいときにこそ、
  悪いときのことを想像する」

 ことが大切であるように思わるようになりました。


 「悪いことを想像しないからといって、
  悪いことが起きないとは限らない」

 そんな当たり前の事実を、
 コンサルを通して気付かされたのです。



■そうして得られた気づきの一つを
 きっかけとして、

 先日、


 【今日のお勧め本 老後破産 ─ 長寿という悪夢】


 という本を読みました。


 この本、まだお読みになっていないあなたには、
 ぜひお読み頂きたい。


 慄然とするような未来が、
 自分の将来に、可能性として存在することに、

 恐怖に包まれるはず。



■浮かれ騒いで生きるのもいいですが、


 (良い悪いではなく、現実問題として)

 たとえば、

 こうした可能性を内在させながら生きている、
 それが人生という場所である、

 といったことに気づくのが

 「目を覚ますこと」

 だと思うようにもなりました。


 「目を覚ますから、行動を起こせる」

 ということもあるものです。



■私は別に悲観主義者ではありませんし、

 過度に恐怖を煽るつもりもありません。


 ただ、つねに、

 「現実をありのままに捉えるリアリスト」

 であろうとは思っています。


 そして、現実主義をさらに突き詰めると、

 「老後破産」

 も怖いものですが、


 そこに至る以前にも無数の落とし穴があり、

 「平凡な人生を一瞬にして崩壊させる」

 地雷が敷き詰められた地雷原の上を歩いている、

 そんな感覚すら覚えるようになりました。


 繰り返しますが、

 これは圧倒的にたくさんの方とお会いし、
 ときにプライベートに及ぶお話をお聞かせ頂き、

 分かった人生における真実。



■こうして

 「平凡な人生を、平凡なまま継続する」

 ことがいかに

 「非凡なこと」

 であるかに気付かされました。


 ところで、ここまで読まれたあなたは

 「そんなことばかり考えていて、
  不幸な気持ちにならないのか」

 と思われるかもしれませんが、


 不思議なことに全く逆で、

 「平凡に生きることの、非凡さ」

 に気付くことによって、初めて

 「いつ失われるかもわからない平凡な一日一日に、

  美を感じ、愛しさや感謝の念を持ち、
  過ぎゆく一瞬一瞬を抱きしめたくなる」

 そんな感情が生まれてくるのです。



■この感情は

 「脆く、儚く、壊れやすいが故に、
  一層美しく感じられる、繊細なガラス工芸品」

 を愛でる感覚に似ているかもしれません。


 この愛しさは同時に

 「いつかは必ず起きる、幸福の喪失」

 を受け入れることも要求してくるわけですが。



■けして手放しに安心できる幸福感ではなく、

 いつ壊れるか不安を抱えながら、
 今の一瞬間の幸せを慈しむ、

 そんな感覚。


 しかし、この感覚があるゆえに、

 あらゆる日常が時間の経過に押し流されていく
 ことに抗い、

 「せめて、ほんの少しでもすくい取ろう」

 とする意志が発動され、

 「今を生きている実感」

 を味わえるようになるのです。



■この感覚が

 「感受性」

 の正体だとするならば、

 年を重ねるごとに感受性が高まっているように
 思われます。


 こうして生の密度が一段と濃くなっていくこと
 そのものが喜びともなりました。



■たとえば親孝行一つをとってみても
 私にとっては

 (決して義務感から行うものではなく)

 高まった感受性の発露から生まれてくる、
 自分自身の幸せのために行っている、

 ものであるということになります。



 今日も人生とビジネスを楽しみましょう!


 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■「平凡に生きることの、非凡さ」に気づくことによって    今の一瞬間を、大切に愛でることができるようになる。   ■この感覚が「感受性の正体」なのではないか。   ■感受性が高まるほどに、流れ去っていく日常を、    「せめてほんの少しでもすくい取ろう」    という意志が発動され、それによって    「今を生きている実感」    が味わえるようになる。

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