毎日20万人が読んでいるビジネスコラム 平成進化論

日本最大級・毎日20万人が読んでいるビジネスメルマガ
「平成進化論」のバックナンバーをご紹介しています。

メールマガジン「見本」はこちら

3894号 「偏見から逃れられる」という偏見


■どんな人も「偏見」から逃れることはできません。


 ▼○○業界にいる人は、こんな人

 ▼○○社の人は、こんな人

 ▼○○の職種の人は、こんな人

 ▼○○に住んでいる人は、こんな人


 的なイメージは、一旦形成されると、
 なかなかそこから逃れることはできません。



■例外もある、

 というよりも、例外の方が一般的、
 であるにもかかわらず、

 意図してか、せずにかは分かりませんが、
 その人の属性だけを見て、

 「○○は○○」

 的な断定、ときに断罪のなされているケースの、
 如何に多いことか。



■注意深く、世の中に発信されているメッセージを
 観察していると、


 ▼最近の若手社員は、こんな人

 ▼団塊世代は、こんな人

 ▼公務員は、こんな人

 ▼営業に携わる人は、こんな人

 ▼経理に携わる人は、こんな人

 ▼クリエイティブに携わる人は、こんな人

 ▼経営者は、こんな人

 ▼お金持ちは、こんな人


 など、

 根拠やデータに基づき、語っているわけでもないのに、
 あたかもそれが当然のことであるかのごとく、

 語られている言説が非常に多いことに
 気づきます。



■そして実はこの現象は

 「特定属性の人に対するイメージ」

 だけに留まらず、あらゆるところで起こるのです。


 もちろん、かくいう私(鮒谷)も、同様の

 「偏見」

 から逃れることはできませんので、無数に
 そのようなことを行ってきた自覚があります。



■ただし、だからこそ、

 「自分には偏見などない。
  ゆえに自分が絶対的に正しい」

 と思うのではなく、


 「偏見から逃れられない現実を自覚し、
  極力、それを前提に振る舞う」

 ことが大切だと思っていますし、

 これまでもそのつもりで、
 執筆、記述してきたつもりです。



■反対に、自分には偏見などなく、

 「自身が語る内容は絶対的に正しくて、
  他者の語る内容は絶対的に間違い」

 という前提で物語るとどうなるか。


 当然のことながら、

 その「偏見」が常識として語られる世界では
 圧倒的に支持、賞賛されるけれども、

 一歩、その世界から外れると否定されることに
 なるでしょう。



■行き着く先は


 「より一方的、かつ妥協を認めぬ、
  純粋で、強烈な主義・主張への志向」

 であったり、


 そこから生まれる、

 「メッセージを発信する者の、
  お山の大将化」

 であったり、


 お山の大将同士による

 「議論にならない、不毛な感情の応酬戦」

 であったり、ということにもなりかねません。



■もし、

 「そんな状況こそが、楽しい!」

 と思える人があれば(というか、あるはずです)、


 その人は意図的、確信犯的に

 「他の意見の存在を許さぬ、
  先鋭的な偏見(一つの意見)」

 を世の中にばらまくこともあり得えます。



■どういった姿勢が正しいのか、
 私には分かりませんが、

 少なくとも自分は、何かを主張する際にも、


 「世の中すべてを見通していない自分の、
  現段階での仮説であり、

  常に他の意見に対しても開かれた姿勢を
  保ち続ける」


 ような存在でありたいし、

 そのために常に反省的に振り返っていきたい、
 そんな風に考えています。



 今日も人生とビジネスを楽しみましょう!


 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■「偏見から逃れられる」という考えは、偏見だ。   ■人は、見たもの、聞いたもの、触れたものを通してのみ、    主義・主張が形成される。   ■つまり、「流れ弾に当たる」ような形で、形成された思い込み    が作られることもあるのだ(というよりも、それしかない)。   ■だからこそ、自分の生い立ちや育ちから形成された意見が    絶対であるとは、ゆめ、思わぬ方がいい。   ■異なる生まれ、育ちであれば、異なる意見、偏見、思い込みが    形成されていたに違いないから。   ■自らの思いも、所詮は、そんな相対的な、曖昧なものではない    (かもしれない)という、少し引いた所からの目線が大事。   ■自身の主張を絶対視するところからは「鋭利で、過激で、    妥協を許さぬ物言い」しか生まれてこず、    合わせて厄介なことなのが、これはこれでまた、    提唱者に「ある種の快楽」をもたらすこともあるところ。

カテゴリ:



※現在、20万1602名が購読中。