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3130号 ゼロからの学びを俯瞰する


■いま、可処分時間のほとんどを読書に
 充てています。

 といっても、大学院の受験勉強に
 関連する書籍がメインで、


 それ以外に息抜きとして、メルマガ上で
 ちょくちょくご紹介しているような書籍を
 読んでいます。



■ある分野の学問をゼロから学んでいるので、
 読書スピードは超スローペースです。

 なにせ単語そのものの意味から調べにかからないと
 いけないことも頻繁にあるから大変です。

 けれども、そんな

 「ゼロからの学び」

 だからこそ、気づいたことがあります。



■やってみて日々、実感しているのですが、
 「ゼロからの学び」というのは、

 たとえていえば、

 「硬い岩盤を穿(うが)つようなもの」

 とでもいえばよいのでしょうか。


 その分野を学ぶに当たっての基本書からして、
 はじめての世界ですから、

 1ページ読み、意味を理解しようとするのに
 相当骨が折れる箇所が次々現れます。



■参考図書やウィキペディアその他を
 参照しながら、理解を進めようとするので、

 1時間読むと
 (あるいは早ければ30分ほどで)

 「確実に眠くなる」

 のです。



■睡眠は毎日、きちんととっているのですが、

 きっと許容量以上の負荷がかかり、
 脳の容量をオーバーしてしまうのでしょう。


 そのときは我慢しても
 かえって効率が悪いので、

 5分から10分ほど、眠気に身を委ねて、
 うつらうつらします。

 そして目が覚めると脳がスッキリ!
 復活し、ふたたび読む気が湧いてきます。



■こんなことを5、6回繰り返し、
 ようやく一冊の本をなんとか読み終える。

 ここまでに5、6時間かかっている。
 だいたいそんな感じです。


 けれどもひと通り読んでも、

 その後、記憶のメンテナンスを
 行わないとせっかくつながってくれた

 「脳の回線」

 が、あっという間にがまた切れてしまいます。


 だからできるだけ当日夜、
 あるいは翌日までにもう一度、

 1時間くらい時間をかけて再読するように
 しています。



■このようにして通読すると、

 直前に必死で理解したり、記憶しようと
 思って学んだことなのに、

 一部、例外はあっても、
 案外すいすい読めてしまうことに驚きます。

 「岩盤を貫き、トンネルが開通した」

 といってもよいかもしれません。



■いったん、トンネルが掘られると、

 改めて読んでも、眠くならなくなり
 (あるいは眠気が襲う回数が少なくなったり)

 休憩なしで、一度に読めるようになる
 のですから不思議なものです。

 初見のときはあれほど苦労した内容なのに。



■そのようにして、一冊の本の内容とか雰囲気とか
 おおよそつかめるようになれば、

 次はその本の理解を「橋頭堡」としつつ、

 そこで紹介されていた参考書籍や引用されていた
 本の中で、興味を覚えたものを読んでいきます。



■すると再び、

 「硬い岩盤を穿ち、トンネルを掘る」

 という、上記の過程が始まるわけですが、

 参考書籍、関連書籍を3冊、5冊と
 あたっていくうちに、ある学問体系の

 「部分の部分」

 が自分なりに理解できるように
 なってくるのです。



■つまり、一冊の本という、
 ある体系における小さな断片が、

 複数、組み合わさることによって
 小さいなりに

 「一つの構造」

 を持って頭の中に立ち現れてくるのです。

 このときの感動といったら、もう。



■さらに、そうしているうちに、
 ある分野における

 「部分の部分」

 が、3個、5個、10個、、、と増えてくると、
 今度は、ある体系の

 「部分」

 がなんとなく理解されるようになります。


 いや、正確には

 「理解された気になってきます」

 と書いたほうがいいのかもしれませんが、
 このときにも、

 一人思わず唸ってしまうような、
 そういう知的な興奮、快感が生まれます。(←いまここ)



■おそらく、ある学問分野における

 「部分」

 がこのようにして集積され、
 それがかなりの数になったとき、今度は

 「その分野における、おおよそ全体像」

 が姿を表すのではないかと思われます。



■このようにしてまずは、

 「ミクロからマクロ」

 を捉え、

 今度はその全体構成図を脳内にイメージしつつ、

 「マクロからミクロ」

 へと立ち返る。

 その後、ふたたび細部の理解を詰めていく、
 これが学びの王道ではないかと。



■そうして

 「全体」

 と

 「部分(あるいは部分の部分)」

 への

 「理解の往還」

 とでもいえる道のりを繰り返し、

 体系への一定レベル以上の精緻な理解と
 言語化が可能となった時、

 「その道の専門家」

 へと、名乗りを挙げられることになるのかな、
 そんな風に考えた次第です。



■ところで上述のような身体的経験を通して、
 このように言語化ができるようになったのは、

 「ある種のメタ認知能力」

 が身についたといってよいのでしょうか。

 (そうであれば今後、「ゼロからの学び」を
  安心して精度高く、繰り返せることとなります)



■さらには、今後、

 「この種のメタ認知能力」

 をたくさんストックしていくことで、

 自分の人生に大きな果実がもたらされそうな
 予感がいたします。



■そして実は、、、

 と続けたいところなのですが、
 長くなりそうなので、我慢して明日に。

 ご期待ください。


 今日も人生とビジネスを楽しみましょう!



 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■ある分野において「ゼロからの学び」を行う際には、    最初は、そのジャンルの「部分の部分」を理解するにも    「硬い岩盤を穿つ」ような根気が必要。    もちろん時間もかかる。   ■これを繰り返し、当該ジャンルの「部分の部分」にあたる    概念の断片が数多く集積されてくると、今度はその分野の    「部分」がつかめるようになる。   ■さらにこの「部分」が一定数集まると、ようやく「全体像」が    ぼんやりと立ち現れてくるのである。(ミクロからマクロへ)   ■そこまでいけば、今度は全体構造を頭に置きながら、    「マクロからミクロへ」と戻り、細部を詰めていく。   ■一つの分野への理解が精緻化されていくのは、この過程を    繰り返してのことであり、それがあるレベルに到達したとき、    その人は    「専門家」「プロフェッショナル」    と呼ばれるようになるのであろう。
  ■さらにこの「部分」が一定数集まると、ようやく「全体像」が    ぼんやりと立ち現れてくるのである。(ミクロからマクロへ)   ■そこまでいけば、今度は全体構造を頭に置きながら、    「マクロからミクロへ」と戻り、細部を詰めていく。   ■一つの分野への理解が精緻化されていくのは、この過程を    繰り返してのことであり、それがあるレベルに到達したとき、    その人は    「専門家」「プロフェッショナル」    と呼ばれるようになるのであろう。

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