毎日20万人が読んでいるビジネスコラム 平成進化論

日本最大級・毎日20万人が読んでいるビジネスメルマガ
「平成進化論」のバックナンバーをご紹介しています。

メールマガジン「見本」はこちら

2826号 コドモ視点とオトナ視点


■今日からしばらく、


 「自分をさらけ出すほど、

     『関係性の新陳代謝』

            が早くなる」


 という話をしたいと思います。



■自分のありのままを見せるほど、
 リアルなコミュニケーションにおいても、

 あるいは、

 ネットを通じた擬似的な関係性に
 おいても、


 感性の近い人同士は、引力が働き、
 心理的な距離感が、近づいていきます。


 同時にまた、

 感性が合わない人との斥力(反発力)が
 機能するようにもなるでしょう。



■人間が、

 よりホンネに近いことを語れば語るほど、
 その人に対して、好き嫌いの感情が出てくるのは
 当然のこと。


 人間社会において、いわゆる派閥的な
 ものが生まれてしまうのも、

 (良い悪いではなく)

 そういう習性が人間の性質の中に
 埋めこまれているからかもしれません。



■にもかかわらず、

 人は、自分のことを大甘に見積もる性質が
 あります。


 大抵の人は、


 「自分は、とってもいい人で、
  万人に好かれるはずの人間だ。

  私を快く思わない人など
  いるはずもない」


 くらいに思っているものです。(多分)

 わたしも社会人駆け出しの頃は
 そのように思っておりました。情けない。



■しかし、現実はそんな甘くありません。


 自分が、


 「我ながら、俺って(私って)
  すごくいい人だ」


 と思っていても、

 本当に、そう思ってくれているのは、
 私に加えて、

 いても、プラスアルファ若干名のみ、
 そんな状況が案外、真実なのかもしれません。



■私は長い間、不特定多数に情報発信を
 続けることで、そんな

 「厳しい世の中の現実」

 を思い知らされました。


 「我ながら、立派なこと、書いとるなー
  大反響、まちがいなしや」(なぜか関西弁)


 と思っていたら、

 豈図らんや、たくさんの指弾を受けること
 だってあるわけです。とほほ。



■そんなことを繰り返しながら、

 あえて嫌われるような行動をとっている
 つもりがなくても、

 快く思われないこともある、
 ということが分かってくるのです。



■そんな話を、各界で活躍されている
 諸先輩方に相談するうちに、

 「万人に好かれるなど、幻想に過ぎない」

 ことが分かりました。


 どころか一歩間違うと、この世が

 「修羅の巷」

 と化すことさえあることを。



■不特定、かつ多数の人に向けて、
 情報を発信するようになって8年。

 2800日以上にわたって、
 本音ベースのことを書き続けていると、


 さすがにいやでも、


 「人間は自分のことを、

  客観的に思われている数倍~10倍以上、

  『立派な人間だ』
  『できた人間だ』
  『いい人だ』

  と見積もってしまう、自惚れ強い存在」


 であり、


 「その見積もりの甘さを周囲から教えられ、
  真実を理解するようになっていくのが、

  オトナになるプロセス(汗)」


 であることが分かってきます。



■自分視点で自惚れのフィルターを通して
 自分を眺めてしまうのが

 「コドモ視点」


 他者視点で(痛みを伴いながら)
 自分を眺められるようになるのが

 「オトナ視点」


 とするならば、


 「情報を発信し、自分をさらけ出し、

  『自らを世間の冷たい風に晒す』

  ことが早くオトナになるために近道」


 ということになりますね。



■私も、長年、

 たった1人で圧倒的多数の人々に向き合い、
 自分の内面を晒し続ける、

 という

 「尋常ならざる、過酷な修行(!?)」

 を経て、


 ▼自尊心を持つのは重要

 だけれども、同時に、

 ▼自分を買い被りすぎないことも、
  やっぱり大事


 だなあ、ということが理解されて
 きたのです。

 そこに謙虚さが芽生えてきたのです。
 (芽生えただけで、いまだ育ってませんが 汗)



■しかし、

 こんな当たり前ことでさえ、

 実地、経験する痛みを通して
 初めて分かることだったりいたします。


 いやー、オトナになる、って大変です。


 明日に続けます。


 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■情報を発信し、自らの内面をさらけ出すほどに、自分が如何に    自惚れ強い存在であるかを知らされる。   ■多くの人は「自分をいい人」と思っているけれども、    素の自分を不特定多数の前に露(あらわ)にすることで、    必ずしも、周囲がそのように思ってくれているるわけでは    ない、ということが良く知らされる。   ■そういう寒風吹きすさぶ環境に、あえて我が身を置き、    日々、痛みを感じることによって、    「コドモ視点」から「オトナ視点」に目線を引きずり上げる    ことができ、そこで初めて、謙虚になれる(はず)。   ■実地の痛みによって、ようやく分かることがある。

カテゴリ:



※現在、20万1602名が購読中。