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2816号 水を得た魚と、陸に上がった河童


■昨日のメルマガでは、


 「自分にとっての適材適所」


 がどこにあるのか、

 よく考える必要があるのではないか、
 という問題提起をいたしました。



■他者にとっての「適所」と
 自分にとっての「適所」は違う。


 全員が同じところを目指して
 戦う必要はなく、

 一人ひとりが自分にもっとも適合する
 場所で活動できれば、

 自身にとっても、社会にとっても、
 幸福なことではないか、

 ということなのです。



■従って、著名な先生や、素晴らしい成果を
 あげた実業家といった人が、

 その人が(たまたま)その世界、
 そのやり方で成功を収めたから、

 という理由だけで、


 各人個別の適性や興味関心の分野が
 あるにもかかわらず、一律、


 「皆さんも◯◯すべきだ」

 といわれることがあったとしても、
 必ずしも、その意見に従う必要はない、

 と思っているのです。



■既述のとおり、

 その人に適性があり、成功されたからと
 いって、

 他の人にその法則、方程式が
 適用されるとは限りません。


 ある人にとっては、その世界で

 「水を得た魚」

 になれたのかもしれませんが、

 別のある人にとっては

 「陸に上がった河童」

 になってしまうかもしれませんね。



■ということで、

 「適材適所」

 という使い古された言葉について、
 そういったことを前提として、

 今一度、考えていただきたいのです。



■たまたまその人がその世界、その分野で
 「適材」であっただけで、

 あなたがそのフィールドにおいて
 「適材」であるかどうかは、

 また別の問題。


 そういうことを冷静に、客観的に
 考える必要があると思われるのです。



■たとえば私でいえば、
 (以下は一つの例に過ぎませんが)


 「気合と根性で営業せよ」

 とか、

 「毎日、10通ハガキを書け」

 「中国語を学んで、
  成長を続ける中国マーケットを攻めよ」

 「MBAを取って、知力で勝負」


 といわれても、そもそも、
 そこの場所は私の舞台ではありません。



■私の舞台ではない、というのは、

 私の適性には合わない、
 私の強みとは思われない、

 また、

 私の感性に合わない、

 そこに欲求が湧いてこない、
 想像しても楽しくない、


 ということですから、
 そこで戦っても勝ち目はないのです。



■反対に、

 こういうところに適性がある人であれば、

 そこの世界で努力を努力と感じることなく
 勝利を収めることができるでしょうから、

 それこそまさに、

 「適材適所」

 「水を得た魚」

 「所を得る」

 という状態を手に入れた幸せな状態と
 言ってよいでしょう。



■このことは私にとっては

 「自明以下のこと」

 といってもよいのですが、、、


 にもかかわらず、
 著名人や実績のある人が、


 (以下、あくまで一例ですが)

 これからは英語を勉強せよとか、
 IT学べとか、MBA取れとか、

 ◯◯の資格を取得せよ、とか、

 外資に行け、とかこれからは中国だ、
 アジアだ、

 とか言うのを聞くと、
 すぐに

 「あっちへフラフラ、こっちへフラフラ」

 してしまう人が多いのはどうしてなのでしょう。



■もちろん、それらの人が

 「◯◯せよ」

 といわれるのには

 十二分な根拠があり、正当性があるのは
 いうまでもありませんが、


 同時に、

 自分の適性や志向を全く考えることなく、

 「この人が推奨しているから」

 というだけで、盲目的に、


 やれ、英語だ!それ、ITだ!
 ほら、MBAだ!やっぱり、中国だ!


 (以上、しつこいようですが、
  あくまで一例ですよ)


 ということになってしまうのは
 一体、どうしてなのだろう、

 ともおもうのです。



■たとえ海外の市場が伸びる、
 日本は外に打って出なければジリ貧だ、

 ということが真実であっても、

 (実際にその通りだと思います)


 ▼致命的に語学に興味が持てない

 とか

 ▼外国人に対して極度の恐怖感!が
  ある

 とか

 ▼極度のIT音痴で、関心も湧かない


 といった人が無理やり、海外に出て戦おうと
 おもっても、ITの勉強をしようとしても、


 「大して役に立たない、その他大勢」


 になるのは自明のことではないかと
 思うのです。



■以上のことに適性のある人は
 当然のことながら、そこで戦う。

 しかし、明らかにそこで活躍できないことが
 予見、予想されるのであれば、

 他の場所を探すほうがはるかに賢明だと
 個人的には思われるのですが、間違ってますかね、、、


■極論をいえば、

 巷で必要といわれているようなことが
 一切できなくても、


 「適性があり、好きで、没入して、
  そこで価値を生み出している」


 たとえば、ある種の職人さん、

 漆職人さんとか、金型職人さんとか、
 画家さんとか、音楽家さんとか、

 (その他、無数の職業、以下略)


 という職業に就いて、

 たとえば、各界の著名人が薦めるようなことを
 なんにも学んでいない、けれども、

 「水を得た魚」

 状態で心身ともに健やかに、楽しく、
 仕事されている人はゴマンといらっしゃるのです。



■ということで、いくら著名人が、

 「これからの時代に絶対に必要」

 と言われていることを聞いても、


 無条件に受け入れる必要は一切なく、
 一旦、自分の頭で考え、咀嚼し、

 自分の経験や能力や志向とマッチしている
 のかどうか、検討しなければ意味が無い、


 そんな風に考えているのですが
 いかがでしょうか。



■それを無視して、


 「この人が◯◯資格を取ることを勧めて
  いたから取り組んでみる」

  (でも適性なくて、モノにならず)


 「あの人が□□することを推奨して
  いたから取り組んでみる。

  (でも興味がわかなくて、モノにならず)

 という、


 飛びついては失敗し、
 飛びついては失敗し、

 の繰り返しになっている人の
 如何に多いことか。



■かくいう私も、何回、何十回と過ちを
 繰り返した末、ようやく気付いた、

 「当たり前のこと」

 だったのです。(遅すぎ)


 あなたにも、
 思い当たるフシがありませんか?

 いや、なければよいのですが、、、


 今日も人生とビジネスを楽しみましょう。


 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■「水を得た魚と、陸に上がった河童」    あなたはどちらのイメージで仕事をしたいか。   ■適材適所を意識し、自らの強みや適性を生かした仕事に    就くことが、自分のためであり、社会のためにもなる。   ■著名人が、◯◯の学習を推奨しているから、という理由で、    無条件にそれを受け入れる必要はないのではないか。   ■「あなたのことは、あなたしか分からない」    のであるから、    「あなたが、自分の頭で考える」    ことは凄く重要なこと。   ■自分の人生を、他者に委ねない。

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