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2785号 鮒谷が総懺悔します


■数日来、お伝えしてきましたが、
 アサヒビール名誉顧問・中條高徳さんは、

 その著書、


 【 今日のお勧め本 陸軍士官学校の人間学
    戦争で磨かれたリーダーシップ・人材教育・マーケティング 】

                 中條 高徳 (著) 講談社


 の中で、

 「スーパードライ」の誕生秘話を
 語られています。



■ビールは生で飲むのがいちばんうまい、
 との技術者たちの断言を聞き、

 瀕死の状態にあったアサヒビール社の活路を
 生ビールに見出そうと、動きはじめた中條さん。

 その後、どうなったのでしょうか。


 さらに続けます。


 (ここから)
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 それでは、傷みにくい生ビールを作るためには
 どうすればいいのか聞いてみたところ、

 「それは濾過技術の向上で可能なのだが、
  今の日本の技術では難しい」

 と返してきます。

 私はそれを聞いて、「これはチャンスだ」と
 感じたものです。


 他社が濾過技術の向上を「難しいから」という
 理由で断念しているなら、

 アサヒが真っ先にその技術を確立し、うまくて長持ち
 する生ビールを、いつでも飲めるようにすればいい。


 ラガーで鉄壁の陣を構築しているキリンに対し、

 必死で体当たりを繰り返しても勝利できなかった
 経験を重ねていた私は、

 「生ならいける!」

 と思いました。


 (中略)


 1963年10月、山本社長にいわれた通り、
 私は全国支店長会議で、生ビール路線を主張した
 提案書を提出しました。

 私はそれを、「涙の建白書」と
 密かに呼んでいました。


 ところが消費者のみならず、アサヒ全体にも

 「生は夏だけのもの」

 という固定観念があるので、
 それを崩していくのは並大抵のことではありません。


 そんななか、山本社長が

 「アサヒは生ビールで勝負する」

 と宣言してくれたのは、幸いでした。


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 (ここまで)



■ところが、その山口社長が急逝。

 わずか2年余りで生路線は打ち切られ、
 ご本人いわく

 「長きにわたる苦難の日々」

 を送ることになります。


 しかし臥薪嘗胆、あきらめずにいた中條さんが
 待っていた、その時がきます。

 1982年、村井勉氏が新社長に就任すると、
 再び生路線への舵が切られたのです。


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 さて、アサヒが生ビールで勝負をかけるならば、
 優先すべきは当然「味」、

 そしてビールを長持ちさせるための
 濾過技術の向上です。

 それまでの原料を見直し、採算性を度外視してでも、
 最高の味のビールを作ろうと全社一丸となりました。


 技術者たちは「最高の味とは、何か」を追い求めて、
 5000人ものモニターを対象にした味覚調査を実施。

 結果、

 「深い味わいがある」

 「すっきりとした飲み口で、苦味が残らない」

 の二つが、消費者にとっての「最高のビール」
 であることが分かりました。


 つまり、業界的に表現するならば、

 「コク(前者)があって、キレ(後者)もある」

 ビールこそ最高だということです。


 この相対する概念を一つの容器に詰め込むため、
 アサヒの技術陣は日夜、研究・開発に没頭しました。

 そして、ついに完成したのが、
 新しい「アサヒ生ビール」

 ──通称「コク・キレ」でした。


 (中略)


 結果は、大成功でした。

 事前の100万人試飲大キャンペーンや、
 数々のPR活動も効を奏し、

 コク・キレは爆発的なヒットとなったのです。


 毎月20パーセント以上の売上増を示し、

 結果、その年の全ビールの平均伸張率の3・8倍の
 売り上げを記録。

 さらに、翌1987年9月の時点で、
 前年比31パーセント増の数字を叩き出したのでした。


 シェアは1年で3パーセント以上回復
 (1パーセントは、大瓶約1億本の売り上げに相当)。

 ここにアサヒ復活の足がかりができたのです。

 そして、多くの消費者の

 「もっとキレのあるビールを飲みたい」

 という声に応え、
 1987年に誕生したのがスーパードライでした。


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■そしてこのスーパードライで、

 国内シェア10%以下だったアサヒビールが
 ついにビール業界首位を奪還するという、

 大逆転劇を演じることとなるのです。


 消費者が生の味を求めていたということ
 なのでしょう。



■私はこの話を中條さんから直接伺い、
 猛省させられたのです。


 読者さん目線に立たず、

 自分の書きたいことを独りよがりに、
 一方的に伝えてどうするんだ、と。



■読み手の都合を考えず、
 書きたいことや、思い付いたことを、

 あれもこれもと叩き込み、


 「わかりにくいところもあるかもしれない。
  でも、どうしても書きたい」


 といっても、それは単なる自己満足。


 「オレは、わかってる。
  でも、うまく言葉に落とせない。

  いろいろ書き散らかしたけれども、
  何度か読めば、言いたいことは伝わるだろう。

  いや、分かるように読んでもらおう」


 というのは、発信者側の姿勢ではありません。



■「すらすら読める」ということを
 前提とした文章を発信し、

 その上で学びや同意や共感、といったものが
 得られないということであれば、

 それは喜んで解除いただいたほうが
 お互いにとっていいのです。



■しかし自分目線の発信で、

 伝えたいことが伝わらないがゆえに
 メルマガを解除される、

 というのは発信者として
 あまりにも寂しい。



■そういう意味で、

 読者さんが本当に求めているものを、


 【 消費者目線にいま一歩立った商品開発 】


 を心がけて書く必要がある、
 と思った次第です。


 そんなわけで、過去の発信姿勢を振り返って
 総懺悔しようとおもいます。



■それからもう一つ、こんなことを中條さんが
 言われたのも印象に残っています。


 「相手を立てれば、蔵が建つ」


■あくまで消費者目線で商売をする。

 情報発信者としての立場でいえば
 読者さん目線でコンテンツを発信する。


 そうすることで、中條さんの言われたとおり、
 いつか蔵が建ったらいいなあ、

 などと、
 ひそかに期待しているのです。(笑)


 今日も人生とビジネスを楽しみましょう。


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