毎日20万人が読んでいるビジネスコラム 平成進化論

日本最大級・毎日20万人が読んでいるビジネスメルマガ
「平成進化論」のバックナンバーをご紹介しています。

メールマガジン「見本」はこちら

2623号 こういうこともあろうかと


■バブル崩壊後、

 90年代初頭からの「失われた10年」はとうに過ぎ、
 失われた15年、20年とも言われていますが、

 とはいえ、
 やはり今も、日本は世界に冠たる豊かな国で
 あるのに間違いはないでしょう。


■しかしながら、
 おおよその方向性としては、

 すでに多くの人が気付き始めているように、

 このまま放置していたなら、大勢の人たちが
 想定している方向へと傾いていくことになるのでは
 ないか。


 それが良いか悪いかという話ではなく、

 少なくとも私の未来予測はそうであって、
 与えられた環境条件として、この現実は受け入れざるを
 得ないのではないか、

 そんな風に思っています。


■だから個人として世界に打って出る、というのも
 一つかもしれないし、

 あるいは、

 急激な環境変化に対応できる筋肉質な体質を
 (個人あるいは経営者であれば会社を)作っておく、

 のも一つの防御策。

 そういった大局観を持つ必要があるでしょう。


■今、起こりつつある現実について、

 怠惰、はたまた恐怖のために
 考えを巡らせることをやめ、


 なんとか今いる会社、組織にしがみき続けよう。

 それ以外のオプションは、ありません。

 怖いので考えたくありません。

 最悪、国がなんとかしてくれるだろう。

 社会が助けてくれるだろう。

 なんとかしてくれなかったら?

 それも怖いから考えないでおこう──。

 そうはいっても日本は経済大国、滅多なことはあるまいに。


 そんな希望的観測のみで日暮ししている状態のとき、
 いざ不測の事態が起きたらどうするか。

 高速道路で100キロ走行をしていたのが、
 前の車の急ブレーキで、そのまま追突してしまうようなもの。
 防ぎようがありません。


■そんなときに身を守ってくるのは、日頃からの備えのみ。

 前の車をしっかりと視界に収め、きちんと車間距離を保ち、
 いつでもブレーキを踏めるようにしているから、

 いざという時に我と我が身を守りぬくことができる
 のでしょう。


■さて、話は変わりまして、これまで何度も書いて
 きたように、私は自伝、評伝の類が大好きで、

 時間の許す限り、様々な人の人生回顧録を
 読み続けてきました。


 その中、とりわけお気に入りの台詞が


 「こういうこともあろうかと」


 と言葉なのです。実にカッコいい。

 いざ危機がきたとき、


 「こういうこともあろうかと」


 といえる大人でありたいと思うのです。


■「こういうこともあろうかと」備えておくことで

 皆が転んでいく中、危機的な状況を回避し、
 ピンチをチャンスに変えていった人は、

 実は枚挙にいとまがありません。

 そういう人でありたいのです。


■今後の日本の将来については、全体的に見通しが暗いと
 言われることがありますが、

 考えようによっては、

 これは一昨日に述べたブレイクのパターン、
 すなわち


 【 違和感 → 本格的な危機(感)→ 必死の模索 → 急激な改善 】


 のプロセスを辿ろうとしている
 わけですし、

 うまくこの歯車が合えば、

 国も組織も個人も、
 急激な回復あるいは成長のチャンスをものに
 できるのではないでしょうか。


■しかし、そこに至るまでには、当然、
 筆舌に尽くしがたい生みの苦しみが各所で起こるでしょう。

 「それが、今という世の中なのだ」

 と覚悟を決め、

 何が起きてもおかしくない時代の中、
 いざ危機に直面しても笑って

 「こういうこともあろうかと」

 と落ち着いていられるよう、

 いよいよ個々人、一人ひとりが
 しかるべき対策をとるべき時なのかもしれません。


 【今日のピークパフォーマンス方程式】   ■国に、あるいは組織、個人に、想定しうる最悪の事態が    訪れたとき、何の備えもしていなかったら、どうなるか。   ■高速道路で100キロで走っていたところ、突然、前車が    急ブレーキを踏み、なすすべもなく追突してしまうような    ものだ。防ぎようがない。   ■よく自伝・評伝を読んでいて特にシビれるのが    「こういうこともあろうかと」    という台詞。危機に際してそのように言える大人を    私は目指したい。   ■多くの人が想定外と思っていることを想定内とし、    ゆめゆめ準備に怠りなきよう、努めたいものだ。

カテゴリ:



※現在、20万1602名が購読中。